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語りの森を作った魔女

断捨離その後🌻

ギリシャはきのう、最高気温47度を超えた所があったんだって
それで山が燃えて、大火災が発生してるんだって。
47度だよ!!!

ここ京都府南部もあつい。朝から33度もある。ギリシャよりは涼しい。
が、物が考えられない(;´д`)ゞ

それで、断捨離の続きをした。

雑誌を捨てよう(>’-‘<)
それが間違いのもとだった。
手が止まった。
いや、最初から動かなかった。
芸術新潮、こどもとしょかん、みんぱく・・・
読み始めたら止まらない。

しゃあないなあ。
一冊ずつしっかり読んでから捨てることにするか。

それで、雑誌は置いといて、美術館と博物館のカタログを捨てることにした。
あかん、もっと手が止まる。

こっちも一冊ずつ読んでから捨てるとしよう。

捨てる前に、井戸端会議にちょこっと記録しておこう。
みなさま、お付き合いくださいね。
あ、いや、暑いし、付き合っていただかなくてもけっこうですけど。

断捨離は、ジャンルを変えることにした。
花器とか衣類とか、押し入れやら物置きをあさることにする。

本は一番時間がかかるから、最後ね。

けっきょく、きょうは、クラシック関連の雑誌を捨てた。

 

 

昔話の解釈ー偽の花嫁と本当の花嫁、けもの息子とけもの婿10👸🤴

さてさて、きょうで第6章が終わります。
前回、ひとりぼっちで孤立しているからこそ、本質的なものに到達できる、それは、人生の真実であって、たんなる願望や希望ではない、ということでしたね。
それを信じていれば、たいていのことは乗り越えられる、その勇気を与えられると思います。
だから、わたしは、子どもたちに昔話を語りたいのです。子どもたちこそが昔話を必要としていると思うのです。
みなさん、お話を覚えるのって大変だけど、この暑さの中で練習するのも大変だけど、語りの場を見つけるのも大変だけど、かしこく、がんばろ~

はい、リュティさんです。
この章のまとめの部分。

偽の花嫁の話、けもの婿(息子)の話を見てきて、共通する大きなテーマは外見と実際です。
がちょう番の娘の外見の中に、お姫さまが隠れています。白クマの毛皮の中に王さまが隠れています。
象徴としてです。
この外見と実際っていうテーマは、ほかのあらゆる昔話を貫いていると、リュティさんは言います。

この大テーマに悪は善に至りうるという比較的小さなテーマが組み込まれてます。
苦しみは、幸せに至るための道の起伏にすぎません。

もうひとつの小テーマは、悪の自滅です。

もうひとつ小テーマがあります。人間は役の担い手であるということです。
王女が女中の役を演じる・女中は花嫁の役を横取りする・王子はけものの役を演じるなどなど。

この章で考察した話たちは、リュティさんの言葉によると、心を王者のように発展させ、高き存在に至らしめるよう呼びかけているのである。

わたしは、これを自分事としてとらえたいです。文字を持たない庶民が伝えてきたのは、ストーリーの背後にある自尊の心、人としての誇りなのです。
そして、それを、今を生きる子どもたちに伝えたいo(*°▽°*)o

ところで、マックス・リュティ『昔話の解釈』とは別に、異類との結婚の話、つまり異類婚姻譚(いるいこんいんたん)について、参考になる本を紹介します。
『昔話のコスモロジー~ひとと動物との婚姻譚』小澤俊夫著/講談社学術文庫

これは、小澤俊夫先生が、日本と世界の異類婚姻譚を比較研究された本です。考え方の基本はリュティさんと変わりません。ただ、ほんとにたくさんの昔話を比較して詳しく説明してあるので、とっても興味深いです。
ちょっと文明論のようでもあります。
ぜひ読んでみてくださいね。

え?ここで報告?
いやいや、自分で読んでおくれ(笑)

次回は第7章昔話に登場する人と物です。

**********

きのうのおはなしひろばはインドの昔話「村のおばあさん」
心があたたかくなるお話(o゜▽゜)o☆

 

 

7月のおはなし会3🎋🎋🎋

お隣の市へ大人のおはなし会に呼ばれて行ってきました。
コロナ下で、少人数感染対策は厳重に、でも勇敢に語りの会を開催された主催のかたがたに感謝します。

プログラム
レクチャー「語りの愉しみ」
「腰折れ雀」
「三匹の名付け親」
「美しいユーラリ」
「きつね女房」
「危機一髪」

ヤンは、レクチャーと後半の3話の語りです。
ヤンの3話は、#女の力でまとめました(笑)

「腰折れ雀」は瀬田貞二再話を語り手の普段使いの言葉で語られました。やわらかくって心地よかったです。
「三匹の名付け親」はジミーさんです。会話の掛け合いのおもしろさ、味がありますね。これは大人向きのおもしろさです。

「美しいユーラリ」「危機一髪」は、最近再話した大好きな話で、『語りの森昔話集5ももたろう』に入れますので、楽しみにしていてくださいね。
「美しいユーラリ」は、ヨーロッパ的なモティーフがつぎつぎとつながっていて、長くても飽きが来ない話です。語りやすい話でもあります。同系統の話でも、グリムは重厚ですが、フランスの話は明るく軽快です。
それに対して、インドの昔話「危機一髪」は微妙に演じると面白い話で、間(ま)で生きる話でしょう。けっこう難しくて、練習に時間がかかりました。
「きつね女房」は『日本の昔話2』小澤俊夫再話/福音館書店を、日常語で語りました。

レクチャー「語りの愉しみ」
依頼があったときはいい気候だったので、はいはいと軽く引き受けたんだけど。みんなが睡眠不足の今日この頃、とってもクーラーのきいた気持ちのいい会場で、さて何をどう話すと、お互い眠らずに済むか~~~と、なやみました(笑)
おはなし会のサブタイトルは「今ひとたびの空想の世界へ」
でね、「空想の世界」といっても、本だっていいわけですよね。絵本だって、アニメだって映画だって、とっても技術が向上してて、素晴らしい空想の世界を描いてくれる。そこでなぜ語りなのかという、ありふれた話をしました。
ひとりの語り手がひとつの話を選び、そらで言えるまで覚え、よく表現するために練習する。その努力と時間に値打ちがあって、ひとりの人間を通してじかに伝える物語であること、それが語りの魅力だってこと。
コロナで人と会えない日々が続き、じかに語れない日々が続き、人が人に語ることの重要性に気付いたというようなことを話しましたよ。

さて、次のおはなし会は、9月の幼稚園。
コロナが収まっていてほしい◑﹏◐

****************

けもの婿の「白くま王ワレモン」「へび婿入り」、続けて更新したので読んでくださいね~

それから、昔話の語法オンライン勉強会は「がちょう番の娘」です。8月24日ですよ~
「がちょう番の娘」は対面でやる予定はありません。オンラインだけね。
なんでかっていったら、5月に対面でできなかった「白雪姫」を10月26日にやることになったからね。いそがしい。
暑いけどがんばって勉強しましょうね。《お問い合わせ・リンク集》のページから申し込めます。お待ちしていますヾ(^▽^*)))

 

 

 

猛暑お見舞い申し上げます🎐

梅雨が明けたと思ったら、あつい、あつすぎる╚(•⌂•)╝
こんななか、テレビで観戦できる人はええよ。
けど、高温多湿の中で、走ったり、跳んだり、つかまえたり、投げ飛ばしたりするのって、健康的なんかな?
スポーツって、なんのためにするんかな?
選手って、超人なんかな?

スポーツとは無縁の日々を送るヤン。

目の前に大きな白い幼虫がいた。
頭は、人間の頭ほどの大きさだった。
それが2匹、近づいてきた。
思わず右足で、ぼんと踏んづけた。
びっくりして目が覚めた。
「気色悪い夢やなあ」と思って、また寝た。
朝起きると、右ひざがいたくて歩けなかった。

幼虫の逆襲
いもむしの怨念
虫の報復

なんでや~
虫も殺せない気の弱いわたしが、なんでや~

と叫んでも詮無いこと。
しっぷにサポーター、鎮痛剤の御世話になることとあいなった。
人生で何度目の膝疾患だろうか
せっかくおはなし会も勉強会も再会したのに、自力では行けない。
みなさまのご親切にすがって、ウエ~ン/(ㄒoㄒ)/~~

さてさて。
早朝、新聞を取りに出るとき。
買い物やウォーキングのとき。
夜、窓を閉めるとき。
この1年ほど、風のにおい、土や木々や草のにおいが、とてもとても心地よい。
懐かしくて、穏やかで、永遠とか平和とかを感じる。
暑いけれど、夏には夏のにおいがある。

みなさま、ストレスフルな日々ですが、思いきり深呼吸して、暑気を乗り切りましょうね~

 

 

 

昔話の解釈ー偽の花嫁と本当の花嫁、けもの息子とけもの婿9👸🤴

ひさしぶりに、リュティさんです。

今、語りの森がバタバタしててね。
今年度下半期の日程に総会を入れるかどうかとか、コロナでできなかった「白雪姫」の語法勉強会(会場で対面でね)をいつするかとか。
ああ、そうそう、『語りの森昔話集5ももたろう』をいつ発行するかとか。
へへへえ、そう、ももたろうなんですよ~
たぶん、11月の総会(図書館でやりたい)の時に、みなさんにお渡しできると思う╰(*°▽°*)╯

会場が確保できたら日程が決まるので、改めて広報しますね~

それで、はい、リュティさんです。

『昔話の解釈』を読む。
第6章偽の花嫁と本当の花嫁、けもの息子とけもの婿

あとちょっとね。

この第6章をぜんぶ読み返してみてね。
そこで例として出て来た昔話、どれもおもしろいよね。
何話かは再話して《外国の昔話》や《おはなしひろば》で紹介しました。ほんと、子どもに語りたい。
それで、これらの話に共通して、昔話の特性が見いだされると、リュティさんはいいます。

たとえば。
塔の中にとじこめられる。
けもののすがたの中にとじこめられる。
主人公が孤立するんですね。孤立化。

たとえば。
主人公は、末っ子、間抜け、がちょう番(身分がとっても低い)。
主人公は、継子、灰かぶり、父親に迫害される娘。
主人公は、とにかくめっちゃひとりぼっちなんです。孤立している。

そうです。孤立性という昔話の特性が、顕著に現れているのです。

そして、思い出してほしいのは、孤立しているからこそあらゆるものと結びつくことができるという昔話の語法です。

モリーは親に捨てられた下の三人の娘のうちの一番末っ子です。寝る所も食べる物もありません。極端に弱い存在です。孤立的です。
王さまは、国で最も高い身分で権力があります。極端に強い存在です。孤立的です。
そして、ふたりとも、彼らにまとわりつく現実的なしがらみから孤立しているというか、そういう環境は描かれないのが昔話です。
だから、常識では出会えないふたりが出会うことができる。
これは一例にすぎません。思い出しましたかあ?

昔話の主人公というのはとにかくひとりぼっちなものであると、リュティさんは言います。だからこそ、本質的なものと関係を結ぶことができるんだって。

究極的には孤立した存在であるが、だからこそらゆる者と関連を結ぶことができる人間像が、昔話には何度も何度も描かれるのです。

この、よりにもよって見捨てられた者が本質的なものに到達するっていうことは、決して希望像ではないといいます。
希望像ってのは、そうであってほしいなあと希望する姿のことね。
そうじゃないんだって。
じゃあ、何か?
人間存在の真実な観照(=主観を交えずに本質を見極めること)だというのです。
つまり、人間って、そういうものなんだよ、それが人間の真のすがたなんだよということね。
昔話は、たんなる希望を語ってるんじゃなくて、人間の人生の真の姿を語ってるんですね。

人間って究極的にはひとりぼっち。でも、だからこそ、本質的なものと出会えるんだよ。そういうもんだよ。ということですね。

そして、聖書に出てくる金持ちの青年のことを引き合いに出します。
ひとりの青年がイエスに永遠の命を得るにはどんなよいことをすればいいのか尋ねます。彼は、殺すな、姦淫するな、盗むな等のおきてはすべて守っているけれど、他に欠けているものは何なのかと尋ねるのです。
すると、イエスさまは、持っているものをすべて売り払って貧しい人に施せと答えます。青年は金持ちだったので、それができないで、悲しみながら立ち去ります。(マタイによる福音書19)

その青年は、自分の財産をことごとく捨てるときにのみキリストに従うことができるのである。

はい、ここまで。
次回で、第6章は終わります。
(聖書の金持ちの青年のエピソードは、メンバーのおひとりに教えてもらいました。ありがとう~)