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ヤン について

語りの森を作った魔女

たまには食べたい🍔

広告が入ってたんですよ╰(*°▽°*)╯
ケ〇タッキーのが1枚と、マ〇ドナルドのが3枚(同じのね)。
今週は町に出るしなあ、ぺーちかの帰りに買って帰ろ。
どれにしよっかな~

めったに食べないから、ほぼお祭り気分。

いつも広告をちぎって財布に入れるんだけど、めったに町に出ないから、買おうと思ってチケットを出した時には、たいてい期限切れ。
おねえさんが、「あ、これ、〇×までで、もう使えないんですよ、すみません」って、マニュアルにない対応をしてくれるのです。

ぜったい忘れんとこうと強く念じて、財布に入れた!

で、安心して、コーヒー飲みながら本を読み始めたのね。
思わず噴き出した。
こんなことが書いてあったのよ。
「糖分と脂肪たっぷりのジャンクフードの魅力に勝てないのは、狩猟採集民の先祖から受け継いだ遺伝のせい」

やった!
ジャンクフードを食べる時って、なんとなく罪の意識ない?
体に悪いもん食べてるって。
でも、これって、わたしのせいじゃなくて、遺伝のせいなんや~

ホモ・サピエンスは、1万年前はほとんど農耕か牧畜を仕事にしていて、その前は何万年も狩猟採集民だったんだって。人類の脳は、その狩猟採集生活に適応したままだそうです。

ほんまかウソか知らんけど。
おもしろいなあ。

え?その本?
ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』の漫画版。河出書房新社
『サピエンス全史』自体は、珍しく購入して少しずつ読んでるんだけどね、漫画版が出たのを知って図書館で借りた。めっちゃ分かりやすい。

ふふ、おけんたいで、チキンとポテトたべよ~

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今日の《日本の昔話》更新は「からすとたにし」
春になって暖かくなったら、ぼんやり語ってください(^///^)

おには~そと👹

ああ、節分やったなあと、のんきばあさん、巻きずしをまきました。
自分で作ると自分の好きな味にできるので、食べすぎるo(*°▽°*)o

のりはお正月の残りがあるし。
高野豆腐も、お正月の残りがあるし。
干しシイタケとかんぴょうと三つ葉を買ってきて。
あとは卵を焼いて。
よしよし、これだけあればオッケーや。
と、ところが、や。
お米が五分づきやった!
もち米でもあれば少し混ぜて、もっちりするんやけど。
ぱさぱさのご飯で巻くのはけっこう難しいよ。やってごらん。
って、だれもやらんわな。

自分と夫が食べるだけやし、目つぶってたべたら、具が真ん中に入ってなくてもわたらへんし。

ああおいしかった。食べすぎた。

子どもたちに、写真を送ったら、ふたりとも、「わー」とだけ返信してきた。
ええねん、母の味を忘れたか、恩知らずめq(≧▽≦q)

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今日のおはなしひろばは「おにのめん おふくのめん」
大好きな話です。

 

 

昔話は愛😊😊😊

あ、そうそう、語法は愛だっていつも言ってるけど、昔話自体が愛なんですよねO(∩_∩)O

え?いきなり、なんでって?

今気に入ってる話があるんだけどね。
イタリアの話でね、おばあさんと孫娘がふたりで暮らしてるの。
よくあるパターン。
で、その娘に王子さまがちょっかいかけてくるのよ(^///^)
娘はどうしていいかわからない。
そしたら、おばあさんが、教えてやるの。
連鎖譚だから、なんどもなんども、王子さまはちょっかいかけてくるし、たんびにおばあさんが教えてやるの。

そのときのおばあさんのセリフがいいのよ~
「ばあさんというのは、半分魔女みたいなもんだからね、なんでも知ってるんだよ」

おばあさんに教えられながら、娘は(王子さまも)成長して、結ばれる。
そのおばあさんのまなざしが、愛以外のなにものでもない。

だから、主人公は娘なんだけど、ヤンは主人公ではなくておばあさんの側で語ってるわけ。

でね、本来昔話は、聞き手がいて語るでしょ。聞き手がいないと語りにならないし、もちろん伝承されない。
そこが小説と違うところね。
小説家だって読み手の存在は大きいけれど、たぶん小説家は、まず自分の心の中に下りていってそこからみずから物語をつむぐと思うのね。
でも昔話の語り手は、自分の記憶の中に下りていって、それを聞き手に差しだす。
だから、そこには自分ってのはなくて、つまり自意識がなくて、まるっぽ聞き手への思いなのね。しかも、語ってくれた人の愛に裏打ちされてる。

わかるかな~
うまいこと言えへんで、ごめん。

おばあさんは、孫娘がかわいくてたまらない。
だからこの話を語った。
語り手と聞き手の関係が、物語の登場人物の関係に重なってるな、と気がついて、愛やな、と思って、この話が気に入ってるの。
まだ題をつけていないんだけど、そのうち、《外国の昔話》で紹介するね。

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明日から2月。
2月は、たまってる再話を放出するね。
週1回の更新では、なかなかはけなくって、たまるばかり。
毎日更新する予定(*^▽^*)

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ヤンの読書日記、更新しました。
アメリカの奴隷制度について知りたいなあ。

 

 

1月のおはなし会2⛄⛄

1月26日(木)

いつもの他県のおはなし会に行ってきました。
きのうからJRが動かなかったから、ダメかと思ってましたが、なんとか行ってこれました。
でも運行に遅れが出て、ホームで待つあいだの寒かったこと{{{(>_<)}}}
私鉄は普通に動いてるのになんでJRは・・・?

きょうは、前半が子どもたちの語り。
語りの森昔話集から、好きな話を選んでかたるという授業です。
選んだ話の国について調べて、その発表もしていましたよ。
約1か月間、一生懸命練習を重ねて、今日は発表の日です。
保護者の方たちの前で、堂々と声を出していました。
グループごとに、子どもと保護者のかたがたとの討論もありました。
ヤンは、その間をずうっと歩いて聞かせていただきました。
おもしろかったよ~

特に印象に残ったのが、「ヘレーじいさん」について。
「わらしべ長者」の逆バージョンだね、それでほんとに幸せだったのかなと、保護者のかたが子どもに投げかけていました。
いいなあ~

後半はヤンの語り。
子どもたち、全集中で語った後だから、大丈夫かなって心配したけど、なんとか聞いてくれましたよ。

プログラム
「七羽のカラス」『おはなしのろうそく』東京子ども図書館
「小石投げの名人タオ・カム」『子どもに語るアジアの昔話2』こぐま社
「カメの笛」『ブラジルの昔話』カメの笛の会

最後に保護者のかたからのコメントがあって、子どもが幼いころは絵本を読み聞かせていたけれど、もう3年生になってそろそろ絵本は卒業。これからはおはなしを覚えてみたい、っていうことでした。
やったーO(∩_∩)O

 

「ホレばあさん」昔話の語法感想集2❄️❄️

全国的に大寒波が到来したようです。
みなさまのところは、大きな被害はありませんでしたか?
京都府南部のこの辺りは、降水量が少ないので、寒くはなっても雪が降ることはめったにありません。ところが、ゆうべ、一瞬のうちに雪が積もりました。
まだ、寒波は居座るもよう。みなさま、気を付けてくださいね。

さて、1月17日の語法勉強会の感想の続きです。
みなさま、ありがとうございました。

ひよこさん

先日は、貴重なお話ありがとうございました。
聞き心地が良いのは、色々な仕組みがあるんだなぁと改めて感じました。
先がわかっているのに何度聞いても面白い、子どもになった気分です(笑)
これからも、少しずつではありますが、勉強させて頂こうと思っております。

Dさん

ホレばあさんの語法講座、ありがとうございました。
今回の講座を受けて、おはなしと児童文学は別のもの、別の楽しみなのだということがわかりました。今頃?(笑)
長い時間をかけて語り継がれてきたおはなしは、子どもが耳で聴いて楽しめるような語法に則っている。このことをわかったつもりだったんですが、情景や心理の描写が細やかな児童文学とか小説が好きで、昔話にちょっと物足りなさを感じていました(^_^;)

でも、今回受講して、初めて語り部の昔話を聴いたときのワクワクした感じを思い出しました。近頃おはなしを聴くときも、勉強モードになってしまっていて…聴く側の気持ちになれていなかったと思います。
読んでもらう楽しさ、自分で読む楽しさ、聴く楽しさ、楽しみはいろいろ。とても当たり前のこと言っていますが、自分でちゃんとわかるのって時間がかかりますね。
スッキリしました。ありがとうございました。

Eさん

語法の勉強会に初めて参加しました。
ストーリーテリングの世界に入ってから、昔話に対して感じていた疑問や違和感などがありました。

何故主人公はいつでも美しいのか?
何故美しい者が幸せになり、醜い者は不幸せになるのか?
話が残酷過ぎないか?
等々

それが、今回の語法会ですっかり解決しました。

今までストーリーテリングの世界に、何か神聖さを感じていたのですが、それよりも、昔話は昔話の役割があって、分かりやすいこと、覚えやすいこと、聞き取りやすいこと、イメージしやすいこと、そこを突き詰めるとあの形になるのだ、ということを学びました。

昔話の残酷さについては、もっと勉強したいので、春からの講座が今から楽しみです!

Fさん

語法の勉強会、ありがとうございました。 
今まで絵本の読み聞かせとストーリーテリング、その差は何かをなんとなくでしか分かっていませんでしたが、語法のことを知ったことでそもそもの根底?成り立ち?が全く違うのだなと思いました。
たまたま脳の使い方の勉強をしているのですが、耳で聴く時と目で見る時では脳の使われる場所が違うこと。
そして耳で聴く時はそれまでの経験や語彙によって受け取り方や想像力の広がりが変わることを知り、ストーリーテリングが歴々と繋がれていることの意味を感じましたし、絵本が充実した現代の中でもこれからも繋げていきたいものだと思いました。
描写をしないことでの広がり。
スピード感。
子どもたちが、もっともっとと次を期待する眼差しが目に浮かびます。
端的でもあり、画一的とも捉えられそうな物語は、世界中で同じようで少し違うものに溢れているのを知り、大人が子どもに伝えたいことというのは国が違っても変わらないのだなと、面白く感じました。

しばらくは物語を読むたびに語法を気にすることになりそうです。
ありがとうございました。

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それから、前回のCさんの感想のなかで、どうして娘は家に帰ることを選んだのだろうということを指摘してくださいましたね。

ちょっと考えていて、気がついたんだけど、昔話では、彼岸へ行った主人公は必ず帰ってきますよね?
浦島太郎でも、仙人の教えでも、ヘンゼルとグレーテルでも、七羽のカラスでも、世界の果ての井戸でも、旅の仲間でも、ジャックと豆の木でも、かしこいモリーでも、竜神さまと花売りでも、さきぼそがらすの神でも、・・・
昔話にそういう大きな法則があるんじゃないかなあ?どうやろ?
「ホレばあさん」の娘も、理由はどうあれ、その大きな法則に動かされてるんじゃないかなあ。

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今週は、《日本の昔話》を更新しました。
青森県の「化け物と踊った話」です。
語ってくださいね~