1月のおはなし会2🎍🎍

ちょっと前の報告です。
1月の下旬に小学3年生のおはなし会がありました。

子どもたちがお話を覚えてきて、保護者の前で語ります。
そのお話は、語りの森昔話集から選ばれます。
わたしも、聞かせてもらいます。
それがねえ、とってもすてきなの。
朗らかで、元気で、一生懸命語ってくれます。
年末年始にかけての一番落ち着かない時期に、よく頑張って覚えたなあと感心します。

子どもたちの語りが全部終わると、わたしからのお返しの語りです。
プログラムは、以下の通り。

「ホレばあさん」『語るためのグリム童話2』小澤俊夫監訳/小峰書店
「はらぺこピエトリン」『子どもに語るイタリアの昔話』剣持弘子編訳/こぐま社
「ひなどりとねこ」『子どもに聞かせる世界の民話』矢崎源九郎編/実業之日本社

残り時間が少なかったので、2話が終わった段階で、
わたし「おはなししようか?じゃんけんにしようか?」
子ども「おはなし!!!!」
もう3年生ですが、「ひなどりとねこ」笑い転げていました。

*****************

きのうのホームページ更新は《外国の昔話》「ヤネケンとミーケン」
語ってくださいね~

ハ…ハ…はっくしょ~ん🐦

きょうは節分です。
なんで今年は3日でなくて2日なのか、わかりませんがしらべる気も時間もなく、おとなしく巻き寿司を食べることにしています。

昨日の図書館のお話会は、子どもさん12人、大人9人、大勢来てくれてにぎやかでした。

手遊び おもちやいて~
おはなし 「ひなどりとねこ」『子どもに聞かせる世界の民話』実業之日本社
 〃   「だめといわれてひっこむな」『おはなしのろうそく9』東京子ども図書館
絵本 『いかあげたこあげ』高畠じゅん子/作 高畠純/絵 偕成社
 〃 『のんびりしてたら』五味太郎/作 ポプラ社
 〃 『オニのきもだめし』岡田よしたか/作 小学館
手遊び さよならあんころもち

おはなしが2話!
子どもたち、どちらも引き付けられて聞いていました。
「ひなどりとねこ」のおもしろいところ、ひなどりが「半分だけくしゃみをさせて」という箇所をヤンさん、引っぱりましたね!
聞き入る子どもたちと、子どもたちの様子を見て引っぱる語り手ヤンさん、それを見ているのが幸せなわたし。
勉強にもなりますし、貴重な時間でした。
「だめといわれてひっこむな」も、こんなにかわいくて面白い話だったんですね。
今まで自分の視界に入っていなかったのを気づかされ、まだまだ修行途中だと思い知りました。
絵本も、わたしなら「おもしろさが伝わるように~」と考えながらも、す~っと読んでしまうと思うんですが、ヤンさんが子どもたちとやり取りできる雰囲気をバンバン出されるので、すごいなと思いました。
これはまねできる部分?
それともヤンさんの天然、生まれつきの能力?
もしまねしようとしたら、わたしの場合は無理が生じて❝イタイ❞ことになるんじゃないかと思うので初めからトライしないことにしよう(笑)
通りかかって途中から引き付けられるようにじゅうたんに上がってくる子どもたちを見て、子どもたちってほんとにお話会が好きなんだなと思います。
わたしもとっても楽しかったです(*^_^*)

1月の再話クラス

また寒さが戻ってまいりまして、ふるえているところに、昨日とつぜんトースターが壊れました。
まだ保証期間中なので修理の手続きをしていますがこれが手間がかかりそうです( ;∀;)
パンも焼き芋も焼けない。
揚げ物の温めもできない。
特に焼き芋は打撃です_| ̄|○

そんなことはどうでもいい。
今月の再話クラスは図書館が長期の整理休館中なのでZOOMで行われました。

再検討「貧乏神と福の神」『日本昔話記録7香川県佐柳島・志々島昔話集』編者/柳田國男 三省堂 完成!
新作「とびじいさん」(原題:跳ぶ巨人)『民族民芸双書53北欧の民話』山室静 岩崎美術社
新作「アズビンの馬」『新編世界むかし話集九アフリカ編』山室静 文元社

3話の再話の検討の中で、いろいろな指摘があってどれも覚えておかなくてはいけないことなんですが、特にわたしが心に刺さったことを書いておきますね。
☆「~してしまいました」は、経過を表す要素があり、昔話の語法として変化は一瞬であるので、徐々に変わる表現になりかねない。
「なりました」「~していました」は時間を点で表せる。
☆心情表現について
再話の中で、原話にない「とほうにくれました」という一文を入れたことを心情表現をいれてしまったと思っていましたが、「とほうにくれる」は心情表現とまでは言えず、どちらかといえば状態を表しているだけ。
どんなふうに途方に暮れているかを細かく説明すると心情表現ということになる。
昔話では心情表現をしないということをわたしは誤解していたようで、今回それがよくわかりました。

わたしは「とびじいさん」の再話を検討してもらったんですが、心情表現のほかにも原話のバグをどうするかとか、イメージを再話者が決めないといけない所を見極めて、それをどういう文章にするかとか、いろいろ勉強させてもらいました。
原話の言いたいことを、バグを埋めながら正確に読み取るということはまだまだ難しいです。
「ああ、出来ていない自分」と嘆きながら、「でも、出来ることもあるやんか」とセルフリカバリーしてこれからも頑張ります(笑)
次回は、完成にしたいなあ~~

1月のプライベートレッスン

少し暖かくなって過ごしやすかったのに、今週はまた寒さが戻ってきました。
それで、地元は雪は降ってませんが、冬山のイラストを選びました。
寒さで心は冬山の気持ちです。

今月のプライベートレッスンは「ホレばあさん」の語りでした。
出典は、『語るためのグリム童話2』小峰書店です。
2年生に語る予定だそうです。
語り手さんは初心者ではありませんので、自分でテキストの手直しをしてこられて、その内容の検討もされました。
その一環として、「ホレばあさん」の初版と今回のテキストを比較してみました。
そうしたら、違う点がありました。
今回のテキストでは継母ですが、初版は実の母親でした。
「白雪姫」と同じように、実の母親が子どもをかわいがらないことに批判があったためだと思われます。
もうひとつは、主人公が井戸に落とすのは、糸巻ではなくて桶でした。
井戸では桶で水をくむのだから何の不思議もなくむしろそのほうが自然でしょうが、グリム兄弟が童話集を出版した目的はドイツ民族の独立や意識向上であったことから、よりドイツらしい糸紡ぎに関するアイテムに再話したのであろうと、グリム兄弟の再話のうまさをヤンさんが教えてくれました。
昔のドイツの生活で、女性と糸を紡ぐことは切っても切れないことであり、糸巻を落とすことでより普遍的になっているということを聞いて、長く語り継がれている理由の一つを見た気がしました。

ホレばあさんの布団をはたくと、地上に雪が降るというのが魔法みたいで好きですが、さいごになまけものの娘がコールタールまみれになって、しかも一生取れないというのが恐ろしいです。
でも、昔話では、よい行いをした人は幸せになり、悪いことをした人には報いがあるといういたって公平な結末を迎えます。
潔く、きっぱりと善と悪を分けます。
いい行いをすれば幸せになれるということに、救いがあると感じられるのが「ホレばあさん」だと思いました。
他にもたくさんの昔話が親切やまじめさを肯定してくれています。
昔話のなかのたくさんの救いを、求めている人たちに届ける活動をしているのかと、その末端に自分はいるのかと思うと、なんか怖くなってきたというか、ちゃんとしないといけないと思った次第です。
いや、いままでが不真面目だったという意味ではありませんが…。

語るしあわせ

おだやかなあさのひかりの中で、おはなしの練習をしています。
来週水曜日に語るおはなしの練習です。
3話の予定で、おまけの話をもう1話、準備しています。

声に出すおはなしの一言ひとことに、これまで聞いてくれた子どもたちのかがやく眼差しと、すずめのようなおしゃべりがよみがえります。
覚えたときにはぺらぺらの平面だったおはなしが、何十年も語っているうちに、子どもたちによって丸く大きく色どり豊かに育てられたのです。

子どもたちからもらった宝物です。

いま、おだやかな光の中で、語りながら、自分の声に耳を傾けます。
すると、おはなしが、人生のいろいろなことを思い出させてくれます。
そして、今を生きる意味を教えてくれます。
どれもこれも、子どもたちからもらったもの。おはなしの神さまからいただいたものです。

さあ、もうひとふんばり。
がんばりましょう。