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語法クラス第6回

雨の多いゴールデンウィークですね!さてもう一週間が経とうとしていますが、語法クラスの報告です。毎度遅くなりまして申し訳ありません。

一次元性、平面性、抽象性、孤立性…と学んできましたが、ここまでは語りの表現の問題であり、いわば単純な部分でした。ここまでをふまえて、今回からは、語法の本質的なところを学んでいきます。

「普遍的結合の可能性」

なんでしょうか?科学?哲学?見るからに難しそう!実はこれまで、勉強会でこの言葉に何度も出会っているのですが、実体がつかめないでいる語法でした。この機会に絶対に身に付けたい!と思って講座に臨みました。

「普遍的結合」は、つまり「何とでも互いに結びつくことができる」という意味なのですが、昔話の面白さのカギはここにあるなと感じました。主人公の幸福な結末に向かってストーリーが進んでいくうえで、課題や援助者や贈り物という「外的刺激」無くてはならないものです。主人公は「孤立的」であるからこそ、それらと結びつくことができますそして、そこに時間の一致(いばら姫が百年の眠りから覚めるちょうどその時に王子と出会う)、場所の一致(ヘンゼルとグレーテルがお菓子の家にたどり着く)、状況の一致(モリーたちも大男の娘たちも三人、王子も三人)のような奇跡がある…登場人物たちはその「奇跡」自体には驚いたり感動することはありません。そこで語られる昔話の奇跡性は物語を先へ進めるための装置だからです。昔話の「抽象的様式」ですが、これらは昔話ならではの面白さではありませんか!「無効力のモティーフ」の存在も今回知りましたが、ストーリーには直接影響しないのに、明らかに聴き手はそれに引き付けられるとか。こういったもののおかげで、昔話は語り継がれ、時や場所を超えて伝わってきたのだと思いました。

「普遍的結合の可能性」について、少し理解に近づけたように思います。おそらく実際に語っていく中で、実感を深められるのではないかと思います。語り手から聴き手への愛情のこもった「形式意思」の表れなのでしょうから。

昔話は主人公だけを幸せにします。脇役の幸福な結末も描かれるおはなしもありますが、ついでのような語られ方だと思います。昔読んだ少女漫画で、ハッピーエンドを迎えた主人公の背景で主人公のライバルが「どうしてこうなるの!」と嘆いて、もう一人の脇役のキャラクターに「脇役だからだよ」と言われていたのを鮮明におぼえているのですが、まさしくそういうことなんですね。語法の勉強を始めて、昔話の語り方が、創作にも生きているのを発見するようになりました。

さて、これまでは、講座の宿題は書面にして提出する形でしたが、今回はテキスト『昔話の語法』の該当の個所を読み込む(三回!)ことです。勉強会で聞いたことをしっかり思い出し、ノートを見返しながら、一回目を読み終えましたが、ちょっと考えが堂々巡りしています…次の勉強会までにきちんと整理しておきたいと思います。次回の語法クラスは、5月26日です。

 

おはなし入門講座 第3回

たいへん遅くなりましたが、ききみみずきんより、11月18日「おはなし入門講座」第3回のご報告です。

 

今回は、「どうやっておぼえるの?」

おはなしの覚え方と語り方がテーマでした。

講座の内容に入る前に、前回の宿題、受講者それぞれが選んだおはなしのテキストのコピーを提出しました。そのお話を選んだ理由も聞かせていただきましたが、皆さん思い入れや魅力を語ってくださり、今から来月の発表が楽しみになりました。

さて、講座第三回はヤンさんの語り「三びきの子ブタ」から始まりました。石井桃子訳『イギリスとアイルランドの昔話』(福音館書店)のテキストです。最初と二番目の子ブタがオオカミに食べられてしまったり、三番目の子ブタがオオカミを食べてしまう結末など、みんなが知っているお話との違いを話し合いましたが、これがイギリスに伝わるオリジナルの昔話であることを聞きました。昔話の一見残酷に思えるストーリーが実はそれこそが子どもに必要なものであることなど、昔話の魅力の一端に触れて、いよいよ覚え方に入っていきます。

まず最初にすることは、ストーリーをおぼえる

①全体を声に出して何回か読む

この時、ただ文字を追うのではなく、場面をイメージしながら読みます。物語が映画を見ているかのように脳裏に再現できるまで読みましょう。この時に築いたイメージが、覚えるときにも、そして何より、語るときに重要なカギになってきます。おろそかにしてはいけないと改めて思いました。

②あらすじを書く

元のテキストを見ないで書き出してみましょう。テキストと照らし合わせて、抜けている部分や思い違いをしている部分をチェックします。

③意味段落に分ける

小学校の国語の授業でやった、あれです。意味段落の目安として、

1.場面が変わったとき

2.時間が経過したとき

3.登場人物の出入りがあるとき

があげられます。みんなで「三びきの子ブタ」の段落分けをやってみました。エピソードがきちんと三回繰り返され、出てくるモチーフの順序も定まっていて、形の整ったおはなしだということがよくわかりました。

さて、いよいよ覚えていきます。

一日に一段落ごとおぼえる

段落をさらに一度に覚えられる長さで数行ずつに分けて、しっかり大きな声を出して繰り返し読みましょう。自分の声を耳から聞くことで覚えられますし、大切にしたいのは言葉のリズムを感じ取ること。よいおはなしは心地よいリズムを持っているのです。

イメージしながらおぼえる

細かいイメージを深めながら覚えていきます。実際に見たり、体験したことをイメージするのもよいでしょう。語り手のイメージがそっくりそのまま聴き手に伝わるわけではありませんが、語り手の発する言葉にリアリティを与えます。これは、私はストーリーテリングに出会ってから実感するようになりましたが、お芝居でも、スピーチでも、国会答弁でも、話す人が言葉にどれだけの思いを込めているか、伝わり方が全く違います。イメージすること、これがストーリーテリングの肝といっていいと思います。

一つの段落を完全におぼえてから、次の段落に移る

意味段落で覚えることで、自然に語りの間も生まれます。そして、大事なポイントが、次の日は前の日に覚えた段落を復習しないこと。それを繰り返すと、初めに覚えた段落の練習ばかり重なり、後に覚えた分と練習量が変わることで、イメージの深み、ひいては語りの厚みに差が出てしまいます。結末が尻すぼみになってしまっては、どんなハッピーエンドも台無しです。これはその後いくら長く続けてもその蓄積は変わることがありませんから、おはなしのバランスは永遠に失われてしまいます。こわいですね!

すべての段落をおぼえたら、初めて最初から最後まで語ってみる

すると、当然ですがたくさん忘れているところがあります。そこはテキストを見て修正し、必要に応じて重点的に練習します。

最初から最後まで覚えたら、以降は日常的に語って練習します。家事や散歩をしながらでも、ぶつぶつぶつぶつ語って、自分の口に耳に、お話をなじませてしまうのです。ヤンさんはよく「寝ていても語れるように」とおっしゃるのですが、そこまでいけば、もうそのおはなしは、あなたのものです。

もっと早く覚える方法はないのか?と思いますが、時間をかけて、じっくりお話を付き合うことが大事です。そして、聞かせたい人に語って、反応が得られれば、おはなしは立体化します。

物語を耳から聞いて想像して楽しみたいという普遍的な欲求があるのではとヤンさんはいいます。古代エジプトの昔話に、現代にも伝わる昔話の類話があるとか。スマホ全盛の時代ですが、子どもは今も昔も変わっていません。子どもたちはおはなしが好きです。その想像力も、純粋さも、正義感も失われてはいません。子どもたちに、よいおはなしを届けて、よりよい未来につなげていきたいと思います。

最後に語り方のポイントを。

上手に語ろうとしない

話しなれない口調や声色を使ったり、大げさに演技したりせずに、気取らず、自然体で語りましょう。聴き手は語り手を見に来ているのではなく、おはなしを楽しみに来ています。語り手は前面に出すぎてはいけません。聴き手に、物語を手渡すのみです。

最後まで語る

語り始めたら、忘れようとも間違おうとも、とにかく結末まで語ること。語りは、聴き手への「おもてなし」です。責任をもって、お話を終わらせてください。言葉が出てこないときは、自分のイメージから言葉を絞り出して、先に進む。ここでもイメージが助けてくれます。おはなしの力を信じることです。結末に向かって、主人公が連れて行ってくれると信じて、語りましょう。

今回も主催側である私たちにとっても有意義な講座となりました。

受講生の皆さまには、会場の変更によるご不便をおかけしましたこと、また資料配布に不手際がありましたことお詫び申し上げます。

次回12月16日はいよいよ最終回、実際に語る発表会です

楽しいおはなし会になると思います!どうぞ皆さん、かぜなどおめしになりませんように!

おはなし入門講座第一回

おはなしサークルききみみずきんからの報告です。今月から24年度「おはなし入門講座」が始まりました。(報告が、たいへん遅くなって申し訳ありません!今年は、7名の受講者の皆さんが参加してくださいました。

第1回のテーマは「おはなしってなあに?」

ききみみずきんがこの入門講座の運営を引き継いで、今回が五年目になります。毎回、語り手のスタートラインに立たれた方たちと一緒に勉強させてもらい、その度に感じるのは「初心忘るべからず」ということ。

講座初回では、「おはなしってなあに?」と題して、おはなしの成り立ち、おはなしを子どもに聞かせることの大切さ、そして子どもの本来持っている力について学びます。今年も、受講者さんと一緒に耳を傾け、「そうだ、そうだ!」と心の中で喝采しながらびっしりノートを取っていました。

まず「おはなし」がどのような形のものか学んでから、ヤンさんの語りでグリム童話の「七羽のからす」を聴きました。それから、瀬田貞二文/フェリクス・ホフマン絵『七わのからす』(福音館書店刊)を見てみます。想像力をめぐらしておはなしを聴いてから、同じおはなしの絵本を見ると、おはなしの豊かさに驚かされます。おはなしを聴いて想像していたのとは随分違いましたね。主人公の女の子の姿も、兄さんたちが水をくみに行った泉も、ガラスの山も…

受講者の皆さんに、どんな泉や山を想像していましたか?と尋ねると、またそれぞれ違った答えが返ってきます。でも、それでいいのです。間違いなんかなく、聴き手それぞれが心に描いたものが正解です。絵本では絵でイメージが固定されてしまいますが、耳で聴くおはなしにはそれはありません。初めておはなしを聴いた小学校低学年のお子さんが「絵がないのが面白かった」と言ったそうですが、おはなしには、自由に思い描ける楽しさがあります。それは絵本にもアニメにもない、誰にも邪魔されることのない、自分だけのものです。

また「七羽のからす」で女の子が自分の指を切り落とす場面になると、自分の指を握り締める子がいるそうです。その子はおはなしの中でことさらに描かれない女の子の痛みを感じ取ったのです。教育現場では「思いやりが大切」「相手の立場に立って考えよう」とよく言われますが、おはなしはまさにそれを教えられるツールだということがわかります。大人が教え諭すのではなく、子どもが本来持っている力を引き出せるのです。大昔の人びとは子どもにこうして昔話を語ることで、人としての優しさやあるべき姿を伝えてきたのでしょう。子どもにより良い生き方をして幸せになってほしいという愛情を込めて。

そうなんです、私たちがおはなしを語る行為は、単なるエンターテインメントを提供することではなくて、愛を伝えることなのです。

私はおはなしを語り始めて、想像力こそ人間が生きていく上で最も大切な力だと、思うようになりました。本当に他者の痛みや悲しみを想像できれば、相手への理解が深まり、差別も争いもなくなると思うのです。そんなとてつもなく大きな目標達成の一助になればとおはなしを語っています。そんな決意を新たにしてくれる勉強会に携われたことは本当に幸運だと思います。

入門講座のエッセンスを少しでもお伝えしたいと思って書きましたが、「ぴんと来ないな」という方はどうかこのホームページの「おはなし入門」をお読みください。「そんなことわかってるわ」というかたもぜひ!忘れていた大切なことを再認識できると思います。

入門講座第2回は「お話の選びかた」、11月5日です。受講される皆さんは、お配りした資料「おはなしのテキスト」に載っているリストから、なるべくたくさんの本を読んでいらしてくださいね。

 

おはなし入門講座 第4回

12月5日、今年度のおはなし入門講座もついに最終回、受講生の皆さんの発表会が開かれ、お二人が語り手としてデビューされました。

プログラムは以下のようになりました。

「ありこのおつかい」(『ストーリーテリングについて』子ども文庫の会)

「舌きり雀」(『おはなしのろうそく13』東京子ども図書館)

「ヘンゼルとグレーテル」(『語るためのグリム童話1』小澤昔ばなし研究所)

「小僧さんとねこの絵」(『語りの森昔話集5 ももたろう』語りの森)

「きつねの恩返し」(『日本の昔話3 ももたろう』福音館書店)

「ありこのおつかい」を語られた受講者さんは、小学校での読み聞かせの活動をされていて、このおはなしも子どもたちに聞かせたいとのことでした。実は語りが手につかないような日々だったそうで、出席も迷われたそうなのですが、勇気を出して語ってくださいました。テキストを見ないで語られたところは、イメージがよく伝わってきて、決していい加減になさったわけではないとわかりました。思い出せない部分を「自分で作ってしまいそう」とおっしゃってテキストに目をやられたのですが、いっそ作ってもいいですよ!と声を掛けそうになりました。もちろん基本的にはダメです。が、それでも時々、本番の語りでどうしても言葉が出てこないとき…やってしまいますよね。もちろん、あてずっぽうに似た言葉を持ってくるのでは失敗しますが、しっかりとイメージ出来ていれば、そう大きくそれてしまうようなことはないと思います。おはなしの世界を大事に語ろうとされていたので、いずれ落ち着いたときに、ぜひ子どもたちに聴かせてあげてほしいです。

「舌きり雀」も受講者さんの語りです。有名な昔話で、たくさんの類話もあるおはなしですが、語り手さんそれぞれで違った味わいのある、良いおはなしだと改めて感じました。覚え始めてから、すっかりおはなしの世界に没入していたという語り手さんは、幼い頃に見ていた情景をイメージして語られたそうです。怖かった馬、かわいい牛、村はずれの尼寺…初めての語りとは思えないほどしっかりした語りの土台には、実際の体験からくる確かなイメージがあったのですね。

「ヘンゼルとグレーテル」、「小僧さんとねこの絵」、「きつねの恩返し」は、ききみみずきんメンバーの語り。「ヘンゼルとグレーテル」、お菓子の家ばかりクローズアップされがちですが、絵本などでは省かれている場面もとても魅力的に語ってくださいました。「小僧さんとねこの絵」の語り手さんは、新聞でこのおはなしの主人公とよく似た、絵の大好きな小僧さんの逸話を知り、東寺で開かれていた展覧会を鑑賞してイメージを広げられたそう。好きなことに打ち込む大切さを伝えられたら、とおっしゃっていました。そして日常語での語り「きつねの恩返し」は、当初予定になかったのですが、時間に余裕があったため、急遽語ってくださることに。「語れるかしら」と心配されていましたが、ご自身で日常語に直したテキストは、語り手さんの優しい佇まいにもぴったりで、聴き手全員が温かい気持ちになりました。

語りの発表の後、それぞれ感想を述べ、自分にとっておはなしを語ることとはどんなことかという話をしました。現実の世界…日常生活では誰でも仕事が忙しかったり、育児に悩んだり、大切な人との別れがあったり、気持ちに余裕が持てなくなることが幾度となく訪れます。そんなとき、問題が解決するまで休むことも非常に大切ですが、おはなしが安らぎや癒しを与えてくれることもあります。おはなしを読んだり、語りの練習をしているときは、おはなしの世界にぐっと集中できる自分ひとりの大切な時間。子どもたちにより良い語りを届けるための努力はしなければなりませんが、ときには自分のためにおはなしと向き合う時間があっても良いのです。

お休みされた方もあり、予定していたプログラムどおりにはいかない発表会でしたが、どの語りも誠実で心がこもっていて、良いおはなし会になりました。それに考えてみると、それぞれがおはなしについて思うことを、膝を突き合わせて語り合える機会は滅多にないことです。入門講座の運営に携わり、初心に返って謙虚に語りに向き合いたいと思わせてくださって、本当にありがたいと、ききみみずきん一同感謝しています。

受講者の皆さん、お疲れ様でした。またどこかで語りを聴けるのを楽しみにしています。

七月の再話クラス(訂正あり)

夏が暑いのは当たり前ですが、今年の夏はちょっと度が過ぎると思いませんか?皆さんちゃんと眠れていますか?とにかくまめに水分補給を心がけてくださいね!

たいへん遅くなり申し訳ありません。七月の再話クラスの報告です。

猛暑にもめげず、再話クラス、去る7月25日いつもの部屋に集いました。

 

 再話の検討2回目

 「石を投げてお嫁さんを決めた王子たち」

(原題「石を投げてお嫁をきめた王子たち」)

山室静訳/『新編世界むかし話集4フランス・南欧編』文元社)

 「死人のミサ」

山室静訳/『北欧の民話』 岩崎美術社

 再話の検討1回目

 「黄金の騎士」

関楠生訳/『新装世界の民話19 パンジャブ』 ぎょうせい

 

再話をグループですることの意義について少し話したのですが、やはり自分だけではない異なる視点の意見をもらえるのが面白い点であり、最大の利点だということになりました。今回の再話の検討でもいくつもそういった場面がありました。

 「石を投げてお嫁さんを決めた王子たち」では、最後にカエルの娘が馬車もろとも変身する場面を思い描いて、どんな言い回しにすればイメージが伝わりやすいのか、白熱の議論?になりました。ここで拠りどころになるのが語法です。昔話の語法どおり「変化は一瞬にして起こる」表現を追求して意見を出し合いました。

 また、再話に行き詰まったときには、似たモチーフの良い再話(語りに適した再話)を参考にしても良いそうです。そのためには、たくさん読み、そして語って、自分の中にストックを作らなければと思いました。語りと再話はどちらか一方では成立しないのではないでしょうか。

 とっても怖い、暑い夏にぴったりな「死人のミサ」では、教会から逃げ出す奥さんとそれを狙う死人たちの描写がポイントになりました。奥さんが恐れおののきながら抜け出そうとするのを今にも襲い掛からんばかりに見つめる死者の群れ、この恐ろしい情景を耳で聴いて思い浮かべるには、奥さんが歩いていることと、死人たちがそれに気付いていることを明示しなければなりません。さらにミサが終わると同時につかみ掛かってくる死人というホラー映画さながらの場面。一文一文を簡潔にして繋いでいくことで、恐怖感や緊迫感が出ます。いやー怖かった。完成した語りをぜひ聴かせていただきたいです。

 

 「黄金の騎士」、タイトルからもう魅力的なこのおはなしは、現在のインドとパキスタンの国境をまたぐパンジャブ地方の民話です。シーク教徒の多く暮らす地域ですが、類話はヨーロッパに多そうです。私はこの再話は、省略するところ、付け足すところ、語順を変えるところが的確で、完成度が高いと感じました。このおはなしでも変身(正体をあらわす)場面があり、鮮やかに印象深く語るにはどう表現すれば良いか活発に意見が出ました。原話も整った形の昔話ですが、文化的に身近ではないため、登場する道具や建物の形状をイメージを持って語る工夫が必要だと思いました。

次回は11月28日。「黄金の騎士」再話二回目検討、「鳥うちわ」再話一回目の検討の予定です。皆さま、この夏を無事に乗り越えて、元気にお会いしましょう。涼しくなっていますように!!

※次回日程に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。