「児童文学を読む」カテゴリーアーカイブ

いっき読み~🌞

世の中、戦争や感染症や経済危機や、心配事であふれてるけど、いい本もいっぱい出てる。
いい本に出逢ったら、こころからほっとする。
いっき読みした本が2冊o(*^@^*)o

『私の体験』松居直著/福音館書店 2022年
図書館で予約して、手に入ったと思ったら、もう次の予約が入ってて、読めるかなって思ったんだけど、掃除やおさんどんは後回しにして、いちにちで、いっきに読んでしまった~

安野光雅さんの挿絵がすてきなの。
安野さんの描くプーさんとかq(≧▽≦q)

あ、なかみはね、福音館の月刊誌「母の友」に連載されてたエッセイをまとめたもの。2009~2011年のぶん。

絵本の好きな人、おはなしのおばさん、ボランティア、そしてそして、子育て中の親たち、これは必読だよ。
11月に亡くなった松居直さんの遺言みたい。

私自身は、上の子妊娠中に、何気なく観てたテレビに、福音館書店の社長だった松井直さんが出演されててね。
子どもを本好きにしたかったら、赤ちゃんの時から読んであげてくださいって、おっしゃってた。
ヤンは、子どもができたら、自分とおんなじ趣味で話ができたらいいなと思ってたので、本が好きな子になってくれたらと思ってた。それで、この話聞いて、「おっ!」って思った。で、実践した~

結果、子どもより、わたしのほうが子どもの本に夢中になった(*^▽^*)

『私のことば体験』は大正15年に京都で生まれた著者が、人とことばによって育てられ成長し、戦争の時代を生きて、子どものための本屋になる過程をつづったもの。
時代を超えて、子どもにとって大切なものは変わらないと感じます。

本文から、宝石のような言葉たちをいくつか抜粋して紹介しますね。

ことばは教えるものではありませんから、読むことよりも聞くことのほうが大切です。絵本の絵を見ながら人に読んでもらうというのは、本当に力になるんです。

子どもの本の出版というのは未来志向だと思うんです。どういう人間に育つように絵本を、あるいは本を、児童文学を、子どもたちに渡していくかということ。今だけを見るのではなくて、子どもたちの気持ち、内面が、これからの時代どういうふうに育っていくべきかを、しっかりと考えて編集していかなければいけない。

とくに小学校に入る前までの子どもにとって本というのは、語り手のものだということを、覚えておいていただきたいと思います。著者を知っている読者は意外にいないけれど、読んでくれた人のことは、声や表情、手の動かし方までちゃんと覚えている。そこに意味があるんです。手渡してくれた人のこと、一生忘れないですよ。それが、本の、そしてことばの命です。

ヤンは地域の大人として子どもの育ちに関わってるけど、絵本や本だけでなくて、ストーリーテリング=語りにも同じことがいえると、何度もうなづいてしまった。
ね、お話は上手下手じゃないっていつもいってるでしょ。声の良しあしでもない。あなたであること、それが大事(❁´◡`❁)

あ、いっき読みしたもう一冊のほうは、またこんどね~

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きょうは、《外国の昔話》を更新しましたよ~
マケドニアの昔話「ライオンとねずみ」
語ってね~~

 

 

『チャンス』ユリ・シュルヴィッツ📕

絵本『よあけ』の作者ユリ・シュルヴィッツの自伝がでました。
幼いころから14歳までの暮らしがつづられています。

『チャンス はてしない戦争をのがれて』ユリ・シュルヴィッツ著/原田勝訳/小学館/2022.10.03
児童文学です。

ユリ(本書では元の発音に近いウリ)はユダヤ人で、ポーランドのワルシャワに生まれました。
4歳の時に第二次世界大戦が勃発しました。
副題が「はてしない戦争をのがれて」と訳されていますが、「war」ではなくて「holocaust」です。
ホロコーストとは、ナチスドイツによるユダヤ人大虐殺のことです。
両親は、幼いユリを連れてソビエト連邦へ脱出します。その危険な逃避行の苦しみは尋常ではありませんでした。

書名の「チャンス」という語には、「好機」「可能性」という意味のほかに「偶然」という意味があります。
ユリと両親が戦争を生き延び、ユリが画家になったことは、「偶然」の重なりによるものという意味です。
どのような「偶然」なのか、ぜひ読んでみてください。
人生って「偶然」の連続でできているのかもしれないと感じます。

本書の随所に、のちのシュルヴィッツを彷彿とさせるエピソードがあります。
ちょっとだけ紹介しますね。

何日も食べるものがなくて飢えに苦しんでいた幼いユリを支えてくれたもの。
ひとつは、お母さんが物語を語ってくれたことでした。
ギリシア神話、おとぎ話、お母さんが見聞きした話、映画のストーリー・・・

(引用)
こうした物語には、ぼくをどこか遠いところへはこび、知らない人たちの人生を味わわせてくれる力があった。おかげで、ぼくの想像力はかきたてられ、今も変わらない物語への愛情と、物語がもつ力への信頼をはぐくむきっかけとなった。(p140)

もうひとつ、ユリに空腹をわすれさせてくれるものが、絵を描くことでした。
食べるものがないくらいだから、まともな絵筆や紙はありません。それで、焦げた木片を使って、木の皮や枯葉に描き、花びらや葉をつぶして絵の具の代わりにしました。地面に棒で絵を描くこともありましたが、空腹で、体力がついていきませんでした。

(引用)
そのうちに、指で空中に絵を描けばつかれずにすむとわかった。通りかかった人には、頭がおかしくなってしまったように見えただろう。でも、ぼくは気にせず、せっせと指を動かした。・・・
それにもつかれると、ぼくは部屋に引っ込んで休んだ。土間に横になっているときは、今度は目をとじ、頭の中で絵を想像した。
それが木の葉の上でも、想像の中だとしても、絵を描くことはただの気晴らしじゃなかった。
ぼくにとっては、いつでも帰れる家のようなものだった。(p146)

引用が長くなりました。
シュルヴィッツのあの美しい輪郭と色が、こんな幼児体験を経て生まれてきたのだと考えると、涙がでます。

戦争が終わって、一家はふるさとのポーランドに帰ってきますが、ユダヤ人であるということで、差別を受けます。ふるさとも安住の地ではなく、親族を頼ってフランスに行きますが、そこでも長くは暮らしませんでした。
そのころ、ユリは14歳。難しい年頃です。
親友が欲しかったのに、得ることができなかったので、それならばと、友を作らず孤立します。そして、彼の真の友となったのは、『三銃士』の作者アレクサンドル・デュマであり、ポール・ファベルでした。どんどん冒険物語にのめりこみます。
そして、決して彼を裏切ることのない忠実な友、それは、絵でした。絵のおかげで、寂しがる暇などありませんでした。

春になったら、シュルヴィッツを読む会をしたいな。
お気に入りの絵本を持ち寄って、語り合いたいと思いました。

 

 

人形つかいマリオのお話📚

ラフィク・シャミ作/松永美穂訳/たなか鮎子絵 2020年刊

ラフィク・シャミは、1946年、シリアのダマスカス生まれの作家。

人形使いのマリオは、若いころから、あちこち旅をして公演します。
操り人形たちはマリオとマリオの作り出すストーリーが大好きでした。
ところが、マリオは、公演が次々と成功を収めるようになると、もういつも同じ出し物ばかりを繰り返すようになります。
人形たちは、それが不満で、もっと違う役柄を演じたいと考えます。
そして、マリオの糸を離れて、各自自分で演じ始めるのです。

作者シャミは、あとがきで、この本で三つのことをいいたかったといっています。
1つは、成功することでだめになった芸術家。
これって、芸術家だけではないですよね。
2つめは、友情。
友情というのは感じやすい植物のようなもので、きちんと世話をすれば成長して花を咲かせ、すばらしい実をつけますが、そまつにすると、枯れて死んでしまいます。と、シャミは言います。
これは、マリオと人形たちの友情を語っています。
3つ目は、自由。
糸を切った人形たちは、自由になって何を手に入れたのか。
自由へのあこがれとか、自分で自分の進む道を決めることの大切さとか、その責任を引き受ける勇気とか、そんなことを考えさせてくれます。

うちにあったシャミの本は、2冊。
『空飛ぶ木』池上弘子訳/西村書店1999年
『夜と朝のあいだの旅』池上弘子訳/西村書店2002年
じつは、これ、娘が中高生の時に読んでたのね。わたしは未読。読んでみようと思う。
これらは長編です。「人形つかい~」は短編ね。

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えらい雨が降ったかと思えば、また暑い日々です。
停電するし。
コロナ感染者も増えに増えて・・・
ほんと、いいことばっかりじゃないですね。
テレビつけたら、過去の戦争と現在の戦争と、ばかばかしいバラエティとが入り混じってるし。

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昔話の日々の更新ですが、ちょっと季節外れになってます。
というのも、秋と冬の話を紹介してるのね。
今から選んで覚えるのに間に合うようにって思ってるの~

 

 

自由研究には向かない殺人😮👻

もう立秋も過ぎたのに、暑いですねo(≧口≦)o
危険な暑さやから、ずっと家にこもってます。
運動不足になるしあかんと思って、夕方ちょこっとウォーキングに行こうとしたら、誰も考えることはおんなじで、道は、ウォーキングやらジョギングの人が行きかってるのよ。
とうぜん、熱中症予防でマスク外すでしょ。
けど、うちの市は、コロナ感染者数が毎日100人前後なのよね・・・

ん、もう!
いつになったらこのストレスがなくなるのよ!!!

それでさあ、おもしろいミステリー見つけたらねえ、昨夜は午前1時過ぎまで読んじゃった~
自業自得の寝不足。

『自由研究には向かない殺人』ホリー・ジャクソン作/服部京子訳/創元推理文庫 2021年

児童文学なんだけど、真っ向勝負の推理小説。
ほんと、最近の児童文学っていうか、ヤングアダルトは、本気で面白い。

ね、これ、題名だけで十分面白そうでしょ~
主人公は高校生の女の子。
明るくて(両親と弟もめっちゃ明るいのよ)、正義感が強い、というより公平性に敏感で、頭がよくて、行動的。
だから、殺人がふたつも出てくるんだけど、ちっともおどろおどろしくないの。夜中まで読んでても怖くない。

現代の高校生らしく、あらゆるネット情報を使って犯人を絞り上げていくのよ。
で、必要と思ったら、体当たりでインタビューに行く。
それを自由研究のレポート形式でまとめながらストーリーが進むのです。
うまい!

もうひとつ、いいところは、罪を憎んで人を憎まず。
犯人は、決して悪人ではない。
だから、希望があるのね。

それと、肌の色の違いで偏見を持つこととか、いったん犯人の家族だとされたらとことん白眼視するとか、そういう世間に対してまっすぐに抗議する主人公が気持ちがいい。

シリーズの新しいのが出たからリクエストかけたよ~

 

 

荒野にヒバリをさがして

『荒野にヒバリをさがして』
アンソニー・マゴーワン作/野口絵美訳/徳間書店2022年

「なにか、話をして」
一つ違いの兄ケニーは、いつもおれ(ニッキー)にお話をせがみます。
ケニーは、支援学校に通うようになってからはずいぶん落ち着いてきましたが、ニッキーは、物心ついた時からケニーを守らなければと思って生きてきました。

復活祭の休みで退屈していたニッキーとケニーは、気晴らしにハイキングに出かけます。
イギリスのノース・ヨークシャーにある国立公園の荒野は、父が、ぜひ行ってみる価値がある、ヒバリが鳴いていると言ったからです。
ところが途中で天候が悪化して、吹雪のなか、道に迷ってしまいます。

おれたちは、「愛してる」なんて言葉を口にしない。気持ちを表すには、こうやってうでがふれあうほどそばにいるだけだ。でなきゃ、ソファーに並んで座ってテレビを見るとか、コーンフレークを食べながら冗談を言いあうとか。父さんなら、大きな荒れた手でおれたちの頭をなで、「よーし、バカな小僧ども、ピザでも注文するか」とか言うところだ。

ケニーを気遣いながら吹雪の中を寒さに凍えながら歩いていきますが、ニッキーは崖から墜落して足の骨を折って動けなくなります。

ケニーに救助を呼びに行かせますが、むしろそれでケニーが命を落とすかもしれない。
ニッキーは、ひとりになると猛烈な痛みと寒さと飢えのなかで、恐怖と怒りの叫び声をあげます。

おれは、今感じている分だけではなく、今までの人生でいやなことがあるたびに感じてきた痛みや恐怖のすべてを、さけび声の中に注ぎこんだ。母さんにすてられたこと、父さんの生活が乱れていったこと、おれがケニーの面倒を見なければならなかったこと。腹をすかせて学校に行ったこと・・・家に少ししかパンがないときは、ケニーだけに食べさせた。自分がしていることはまちがっていないと思っていたけれど、腹はへった。お湯がでなかったので、体も洗わず学校に行き、だれもとなりの席に座ってくれなかったこと。

おそらくその年齢では背負いきれないものを背負っていたのですが、それでも、父を愛していたし、父も父の新しいパートナーも愛してくれたし、もうすぐ母親と会う約束もある。

もうろうとした意識の中で、ニッキーは、ヒバリが青空高く飛び上がるのを見ます。
地球の重力からもときはなたれ、そしてとつぜん、なんの努力もいらなくなったかのようにかるがると舞い上がる。
その時、ニッキーは目覚めます。そして、ヒバリはただのヒバリではなく「魂」だった、おれはひとりぼっちだ、美しいものはもうこの世には存在しないとさとります。

兄弟と一緒にハイキングに行った犬のティナも重要な役割を果たします。

それから40年後、ケニーの臨終のとき、ニッキーは、あの時ついた嘘をケニーに告白します。ケニーは最後に言います。
「なにか、話をして」

作者アンソニー・マゴーワンは、1965年マンチェスター生まれの作家。大人向けの小説からヤングアダルト、ノンフィクションと幅広く活躍しています。
『荒野にヒバリをさがして』は、2020年カーネギー賞受賞作。