「日記」カテゴリーアーカイブ

おには~そと👹

ああ、節分やったなあと、のんきばあさん、巻きずしをまきました。
自分で作ると自分の好きな味にできるので、食べすぎるo(*°▽°*)o

のりはお正月の残りがあるし。
高野豆腐も、お正月の残りがあるし。
干しシイタケとかんぴょうと三つ葉を買ってきて。
あとは卵を焼いて。
よしよし、これだけあればオッケーや。
と、ところが、や。
お米が五分づきやった!
もち米でもあれば少し混ぜて、もっちりするんやけど。
ぱさぱさのご飯で巻くのはけっこう難しいよ。やってごらん。
って、だれもやらんわな。

自分と夫が食べるだけやし、目つぶってたべたら、具が真ん中に入ってなくてもわたらへんし。

ああおいしかった。食べすぎた。

子どもたちに、写真を送ったら、ふたりとも、「わー」とだけ返信してきた。
ええねん、母の味を忘れたか、恩知らずめq(≧▽≦q)

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今日のおはなしひろばは「おにのめん おふくのめん」
大好きな話です。

 

 

昔話は愛😊😊😊

あ、そうそう、語法は愛だっていつも言ってるけど、昔話自体が愛なんですよねO(∩_∩)O

え?いきなり、なんでって?

今気に入ってる話があるんだけどね。
イタリアの話でね、おばあさんと孫娘がふたりで暮らしてるの。
よくあるパターン。
で、その娘に王子さまがちょっかいかけてくるのよ(^///^)
娘はどうしていいかわからない。
そしたら、おばあさんが、教えてやるの。
連鎖譚だから、なんどもなんども、王子さまはちょっかいかけてくるし、たんびにおばあさんが教えてやるの。

そのときのおばあさんのセリフがいいのよ~
「ばあさんというのは、半分魔女みたいなもんだからね、なんでも知ってるんだよ」

おばあさんに教えられながら、娘は(王子さまも)成長して、結ばれる。
そのおばあさんのまなざしが、愛以外のなにものでもない。

だから、主人公は娘なんだけど、ヤンは主人公ではなくておばあさんの側で語ってるわけ。

でね、本来昔話は、聞き手がいて語るでしょ。聞き手がいないと語りにならないし、もちろん伝承されない。
そこが小説と違うところね。
小説家だって読み手の存在は大きいけれど、たぶん小説家は、まず自分の心の中に下りていってそこからみずから物語をつむぐと思うのね。
でも昔話の語り手は、自分の記憶の中に下りていって、それを聞き手に差しだす。
だから、そこには自分ってのはなくて、つまり自意識がなくて、まるっぽ聞き手への思いなのね。しかも、語ってくれた人の愛に裏打ちされてる。

わかるかな~
うまいこと言えへんで、ごめん。

おばあさんは、孫娘がかわいくてたまらない。
だからこの話を語った。
語り手と聞き手の関係が、物語の登場人物の関係に重なってるな、と気がついて、愛やな、と思って、この話が気に入ってるの。
まだ題をつけていないんだけど、そのうち、《外国の昔話》で紹介するね。

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明日から2月。
2月は、たまってる再話を放出するね。
週1回の更新では、なかなかはけなくって、たまるばかり。
毎日更新する予定(*^▽^*)

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ヤンの読書日記、更新しました。
アメリカの奴隷制度について知りたいなあ。

 

 

いっき読み~🌞

世の中、戦争や感染症や経済危機や、心配事であふれてるけど、いい本もいっぱい出てる。
いい本に出逢ったら、こころからほっとする。
いっき読みした本が2冊o(*^@^*)o

『私の体験』松居直著/福音館書店 2022年
図書館で予約して、手に入ったと思ったら、もう次の予約が入ってて、読めるかなって思ったんだけど、掃除やおさんどんは後回しにして、いちにちで、いっきに読んでしまった~

安野光雅さんの挿絵がすてきなの。
安野さんの描くプーさんとかq(≧▽≦q)

あ、なかみはね、福音館の月刊誌「母の友」に連載されてたエッセイをまとめたもの。2009~2011年のぶん。

絵本の好きな人、おはなしのおばさん、ボランティア、そしてそして、子育て中の親たち、これは必読だよ。
11月に亡くなった松居直さんの遺言みたい。

私自身は、上の子妊娠中に、何気なく観てたテレビに、福音館書店の社長だった松井直さんが出演されててね。
子どもを本好きにしたかったら、赤ちゃんの時から読んであげてくださいって、おっしゃってた。
ヤンは、子どもができたら、自分とおんなじ趣味で話ができたらいいなと思ってたので、本が好きな子になってくれたらと思ってた。それで、この話聞いて、「おっ!」って思った。で、実践した~

結果、子どもより、わたしのほうが子どもの本に夢中になった(*^▽^*)

『私のことば体験』は大正15年に京都で生まれた著者が、人とことばによって育てられ成長し、戦争の時代を生きて、子どものための本屋になる過程をつづったもの。
時代を超えて、子どもにとって大切なものは変わらないと感じます。

本文から、宝石のような言葉たちをいくつか抜粋して紹介しますね。

ことばは教えるものではありませんから、読むことよりも聞くことのほうが大切です。絵本の絵を見ながら人に読んでもらうというのは、本当に力になるんです。

子どもの本の出版というのは未来志向だと思うんです。どういう人間に育つように絵本を、あるいは本を、児童文学を、子どもたちに渡していくかということ。今だけを見るのではなくて、子どもたちの気持ち、内面が、これからの時代どういうふうに育っていくべきかを、しっかりと考えて編集していかなければいけない。

とくに小学校に入る前までの子どもにとって本というのは、語り手のものだということを、覚えておいていただきたいと思います。著者を知っている読者は意外にいないけれど、読んでくれた人のことは、声や表情、手の動かし方までちゃんと覚えている。そこに意味があるんです。手渡してくれた人のこと、一生忘れないですよ。それが、本の、そしてことばの命です。

ヤンは地域の大人として子どもの育ちに関わってるけど、絵本や本だけでなくて、ストーリーテリング=語りにも同じことがいえると、何度もうなづいてしまった。
ね、お話は上手下手じゃないっていつもいってるでしょ。声の良しあしでもない。あなたであること、それが大事(❁´◡`❁)

あ、いっき読みしたもう一冊のほうは、またこんどね~

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きょうは、《外国の昔話》を更新しましたよ~
マケドニアの昔話「ライオンとねずみ」
語ってね~~

 

 

お正月 婆のよもやま🦉

京都府南部は天候にも恵まれておだやかな年末年始でしたO(∩_∩)O

年末恒例の餅つきは、もちつき機が壊れたので省略。今年は奥出雲のおもちをいただきました。杵つきで粘りのあるおいしいおもちを何十年ぶりかで味わいましたよ~
黒豆と、棒鱈の煮物は大晦日の前日に。あとのおせち料理は、大晦日にいつものように作りました。鯛も焼きましたよ。
新婚時代と比べてえらい手早く作れるようになったのは、どっかで手を抜いてるのかなあ(笑)

今年はやっと、息子が帰省。2晩泊まっていきました。
コロナ検査キットを2回も使って。換気扇回して。マスクをしたりしわすれたりして。そのうち、コロナ、どうでもよくなったりして。
会話が弾むって、楽しいなあ。
娘にも会いたいなあ。

今年の願いは、ひたすらコロナ退散!

コロナが収束したら、子どもたちの居場所としての図書館のおはなし会に集中したいな。
きっと、いちからの出発になるでしょうね。
これまでの常連さんは、もう大きくなっていて帰ってこないと思う。
切れた糸を結びなおすのはたいへん。
まだ体力のあるうちに再開したいなあ。
子どもたちがわたしをジャングルジムにするようなおはなし会、またやりたい(❁´◡`❁)

おはなしといえば!
60歳越えたら新しい長い話は覚えられないって先輩に言われてたんよね。
気になりながら、ほかの話に手を取られていてほっといた。いうてるまに70歳になるで~⊙﹏⊙∥
年末に暇があったから、覚えてみた。
30分の話、語ってみたら27分になったけど、おぼえた~~~

そののりで、年明けは、ロマンチックなかわいいおはなしに挑戦。
13分だけど、なにげに累積譚で、覚えにくいったらない!
A「なんと答えていいかわからず」なのか、B「なんて答えたらいいかわからず」なのか、どっちが正解やと思う?
わたしはAで語りたいのに、口はいつもBで語るのよ(っ °Д °;)っ

ヤンは結構ストイックなので、テキスト通りでないと「覚えた」って言えない、自分が許せないのよ(笑)
覚えてから練習を重ねていくうちにテキストが練れてきて、言葉が少し変わる。やっと自分のものになる。

語る場を想定しないで、お話を選び覚えるってこと、久しぶりにやりました。自分のためのお話やね。
けっこういい気分(*^▽^*)

年末年始に読んだ本は、はずれが多かった。
著者に失礼やけど、まあいろんな読者がいるということで<(_ _)>
興味のあるかた、野次馬のかたは、ヤンの読書日記へどうぞ。

今日読みだしたのが『私のことば体験』松居直/福音館書店/2022年
最初の一文からガーンってやられた。
「読んだのではなく聞いたーそれが、私のことばへの感覚を開いてくれました」
この本については、別の機会に報告しますね。
挿絵は安野光雅さん。

 

 

㊗️10年目に向けて🎍

新しい年が明けました。
みなさま、よいお年を迎えられたことを願っております。

さて、ふっと気がついてみると、ババ・ヤガーの立ち上げから10年になります。
それまでのことを振り返ってみると。。。

おはなし入門講座は今年で26年目。
たくさんの語り手が生まれ、それぞれに育っていきました。
語り手たちは、入門講座を受けた後、学びの場を求めて、さまざまな試行錯誤をしてきました。初めのころは、わたしもみなさんにアドヴァイスするだけの知識や経験が足りませんでした。だから、わたしも、外部のおはなしサークルや昔ばなし大学などに出かけて行きました。

その間一貫して考えていたことは、子どもに語ることが最強の学びになるということでした。
子どもたちから学んだのは、語りの形(語りかた)と、テキストの内にあるテーマのとらえかたです。
「子どもはかしこい」というのは、わたしの口癖です(笑)
36年間も子どもたちの洗礼を受けていると、いやでも経験値はあがります(いえ、偉ぶっているのではないですよ~)
そして、疑問もどんどん生まれてきて、それが、研究者の先生がたや書物での学びにつながりました。

そこではっきりと見えてきたのは、口承の復活という夢です。
人類が(って、大きく出たな~笑)、文字を手に入れるまでの久遠の時間の中で、生きる知恵をストーリーとして口伝えてきた、それを手放していいものか、という思いが大きくなっていきました。
子どもたちと語りを楽しんでいるとき、わたしの背中を押しているのは、子どもたちの「つぎどうなるの?」というエネルギーです。それは、永遠の過去から続いてきた人々のエネルギーでもあると感じるのです。

おはなしを選ぶのも覚えるのも語るのも、決して楽なものではないけれど、そう感じることで、自分が世界とひとつになっているという充実が生まれます。

口承を復活するためにできること。
ひとつは自分ができるだけたくさん子どもたちに語ることでした。それは、私ひとりの生活の中で完結します。
そして、ほかの語り手に、そのための学びを共有してもらうことでした。それには、小さくても学びの場が必要でした。そんなことから、ババ・ヤガーを始めたのです。
次の年には、このサイト「ストーリーテリング語りの森」を立ち上げました。だから当サイトの目的は、口承の復活です。

コロナ禍で、人との距離をとることが求められます。
肩寄せ合って聞くというこれまでの語りの場は、激減しました。
広い部屋に散らばっている子どもたちに語るのは、とても難しいです。

それでも、子どもたちは聞いてくれるし、ババ・ヤガーに集う大人たちは増えこそすれ減ることはありません。
当サイトの閲覧者は毎日200人を超えます。
なぜなんでしょう?

やはり、背中を押してくれる過去からのエネルギーを感じます。
その夢はまちがっていないよと、そっと背中を押してくれます。

今年もまた伝えるをキーワードに歩いていきたいと思います。
どうかみなさま、伴走、先導、よろしくお願いいたします。

以上、年頭に当たりましてのまじめ~なご挨拶でした(^///^)