「日記」カテゴリーアーカイブ

おばあさん、おでかけ👵

歯医者に行った。
電車に乗って行った。
この前電車に乗ってからもう2か月ほどが経つ。
駅まで歩いて12分。
電車で一駅、2分。
歯医者まで歩いて3分。

久しぶりのお出かけに、何を着て行こうかとわくわく。
けど、歯医者やろ?
帰ってきたら速攻洗濯してウイルス退治やろ?
おばあさんは、何を着るか、とっても頭を使います。

つぎの日。
勉強会に行った。
電車に乗って行った。
駅まで歩いて12分。
電車で一駅、2分。
会場まで歩いて1分。

久しぶりに、人間の集まりなので、何を持って行こうかとわくわく。
けど、勉強会やろ?
A4が入るいつものリュックしかないやろ。
おばあさんは、何を持って行こうかと、気持ちだけわくわくします。

次に電車でお出かけは、いつかしら?

コロナが明けたら、ドレスアップして、とっておきのバッグで、フェスに行こう。

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金曜日のおはなしひろばは、『津軽むがしこ集』から「ゆきむすめ」を再話しました。きれいな話だよ~

きょうは、絵本のこみちを更新しました。
ほんとは月曜更新なんだけどね、しばらく絵本を紹介してなかったから。
春に向けてどうぞ~
明日は《日本の昔話》更新です。

 

 

 

おんちょろちょろ🤗

語りの森の昔話集の第1巻おんちょろちょろが売切れました\(@^0^@)/
みなさま、応援してくださってありがとうございました!

私家版なので、そんなにたくさん印刷していないけど、口コミとホームページだけなのに完売できたのは、とっても嬉しいです。

昔話のもとの形を変えないで、しかも口に乗りやすく、聴きやすい再話を目指して昔話集をスタートさせました。
再話した話を子どもたちに語ることで、どうすれば子どもに受け入れてもらいやすいか、検討と反省を繰り返して作業しています。
わたしのかわいい聞き手たちに向けての再話といってもいいでしょう。

いかがですか?
覚えやすい、語りやすい、聴きやすい再話になっているでしょうか???
今見直すと、まだまだ下手くそやなあと恥ずかしくなります。いつか改訂版が出せたらなあって思っています(いつのことやら)。

もし読みたいけど手元にないというかたがいらっしゃったら、地元の図書館でリクエストしてみてください。国会図書館にありますので、取り寄せで読めるはずです。

どうか、たくさんの子どもたちが、おんちょろちょろを楽しんでくれますように。
みなさま、語ってくださいね。
口に乗りにくいところは変えていいからね~

現在、第5巻に向けて準備しています。
第4巻のおもちホイコラショは幼い子向けでしたが、第5巻は、いろいろ取り混ぜる予定です。
コロナで、聞いてくれる子どもがいないので、エア語りで再話検討しています。

 

ちょっと自慢していい?
各話の原典を書いた人、つまり原話の著作権をお持ちの先生方から、語り口が美しいよい再話だって、おほめいただいてるの~

 

 

 

津軽むがしこ❄

ふる~い昔話集を手に入れました。
『津軽むがしこ集』川合勇太郎編著/東奥日報社
昭和5年の発行です。

語りたい話を探していて、偶然見つけました。

著者は青森県のかたで、主に著者のご祖母さまが語られた昔話を集めてあります。
語りの文体は、簡潔で、土地言葉が少し混じっています。
素朴で、いい話が満載です。わくわくします。

序文も感動的です。
ちょっと紹介しますね。

まず、青森の自然。
冬になると海風がことに強く吹きあがってくるところであった。真っ黒いけわしい雪雲が海峡の向こうからあわただしく運ばれてきては、屏風のような八甲田と岩木の山脈にがっきりと支えられて、町の空一面に拡げられると、やがて向こうも見えないような綿雪が、ぼそりぼそりと降りつむのである。

ね、いいでしょ~

人びとの様子。
津軽の人たちが楽しい正月を迎えるころは、ことにはげしい吹雪の日が続いた。子どもたちは、ひょうひょうとするその寂しい吹雪の音を紙窓の外に聞きながら、うす暗い家のいろりばたやこたつの中で、ぽつねんとしたひねもすを送らねばならなかった。
津軽のムガシコは、そうした日に、きっと爺婆の口から語りだされるのであった。

ね、これが昔話(ムガシコ)が語られた背景なのね。

でね、昔話とは何なのかってことが書かれている。
どこかよその土地で語られていた話がはるばる山河を越えて伝わってきた、そんな話もたくさんある。
しかし、それがむきつけな津軽の言葉で『ムガシコああったぢぁね』と語りだされ、吹雪の夜の気分にぴったりとするまでには、子に対する素朴な親々の情けによって、いくども選択され、洗練されて、けっきょくその国土の人々の胸に愛でられ共鳴されたもののみが、語りつがれてきたのもであるに違わない。

ね、「子に対する素朴な親々の情け」が基本にあるのね。大人の子どもへの愛、その思いによって選ばれた話が、多くの人に繰り返し語られていく中で洗練されて、残っていった。
いま、わたしたちが一生懸命やってることとおんなじやね。

でも、今は子どもの生活ががらりと変わってしまって、昔話もあまり語られなくなったから、記録しておこうと思うと書いてあります。
まだ昭和初年ですよ。1930年!いまから90年も昔!!
この6年後に、柳田国男が全国的に昔話を集める研究を始めるんですよね。やっぱり、その頃、昔話が語られなくなってきたからなんですよね。

遠い親々のありがたい心遣いをふりかえって、さらに子や孫へその奇特な心掛けを長く伝えたいのである。霜柱のくずれるように、今はこの国土から消え去ろうとしているなつかしいムガシコのすがたを、ひとつでも多くとどめておきたいのである。

わたしは津軽人ではないけれど、著者の思いを受けとめて、次に伝えたいです。
日本の話も外国の話も、いつもそんな思いで語っているし、再話しています。
みんなで伝えていきましょうね。
ひとりの命は限りがあっても、伝えていけば物語は永遠に生きるのです。

表紙絵 芳賀まさをさん

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昨日のHP更新は《日本の昔話》
岡山県の「犬神山のおおかみ」
狼の恩返しの話です。

 

 

神さまの貨物🌈

今日、ひと息で読んじゃった本の紹介o(*°▽°*)o

『神さまの貨物』
ジャン・クロード・グランベール作/河野万里子訳/ポプラ社/2020年刊

昔話風に始まる物語。
ある森に貧しいきこりの夫婦がいました。ふたりには子どもが無く、おかみさんは寂しい思いをしていました。おかみさんは、どうか子どもをお授けくださいと、いつも神さまにお祈りしていました。
あるとき、森のはずれに線路が敷かれ、貨車が走るようになりました。うわさでは、何かよいものが運ばれているとのことでした。おかみさんは、毎日線路のわきに立って、自分にもよい物をくれないかと願っていました。
ある日、ひとりの男が、布にまかれた貨物をひとつ、おかみさんに向かって投げました。
おかみさんは、走って行って拾い上げ、包みを広げました。その美しい上等のショールにくるまれていたのは、赤ん坊でした。おかみさんは狂喜しました。
ところが、夫のきこりは、それは「人でなしの子どもだ」といって、捨てさせようとします。

じつは、その貨物列車には、ナチスの強制収容所に運ばれる人々が着の身着のままで詰め込まれていたのです。そのための列車でした。ユダヤ人、障がい者、女、子ども、老人。
おかみさんがひろった子どもは、ひとりの男が、我が子を生き延びさせるために窓から投げ捨てたのでした。

物語は、限界状況の中、子どもをめぐって繰り広げられる、愛の物語です。
おかみさんの「人でなしだって、人だ」という言葉が、心に響きました。

作者ジャン・クロード・グランベールは、フランスの有名な劇作家です。
『神さまの貨物』は、アニメ化される予定だそうです。楽しみです。

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今日のホームページ更新は《外国の昔話》
オランダの昔話で「勇敢な娘」
こわ~くておもしろ~いおはなし。
めっちゃ勇敢な少女の話です。

おはなしをいろりばたに🎍

新しい年が明けました。
みなさん、どんな年越しでしたか?
どうぞ、穏やかなよい年となりますように。

昨年は、新型コロナウイルス感染症のおかげで、否が応でも自分の生きかたを見つめ直すことになりました。これを、つらかった思い出で済ますわけにはいきません。
人類の片隅に生きる個人として(たいそうやなあ~笑)、ここから学ぶべきことはあるはずです。

おはなしを語ることは、我が子から出発して、いつの間にか、幼稚園、小・中学校、図書館、学童保育と、公教育の場での活動に広がり、それが当たり前の日常になってしまっていました。
多くの子どもたちと物語を共有する愉しさ。それは、子どもの心の育ちに関わることのできる喜びでもありました。
その語りの場がいかにもろいものかを、コロナ禍が教えてくれました。

いま、子どもが生でおはなしを聞けるのは、ほとんど家庭内しかありません。
私たち語り手は、おはなしが、どんなに子どもの成長する力になるかを、身をもって知っています。
だから、お家の中で、大人が子どもに語ってやってほしいのです。
そのわずかな時間が、ストレスに疲れた大人の心もいやすに違いありません。
子どもと大人の心をほぐし、心を安定させてくれ、励ましてくれます。

コロナがいつ終息するか分からないけれども、元日の今日から、語りの森の基本に立ち返って、何ができるかを考えていきます。

え?
語りの森の基本って?

トップページのメッセージ、貼り付けますから、読み直してね。

おさないころ、母の腕に抱かれて聞いたさまざまな歌。
父の大きなあぐらの中で聞いたおかしな話。
五右衛門風呂をわかしているおばあちゃんの横で聞いたふしぎな話。
耳の奥には、愛した人の声、愛してくれた人の声が、体温やにおいとともにのこっています。
それは幸せの記憶です。
こんどは、あなたの声で、あなたの愛する人に語りませんか。
わくわくドキドキする話、けれども必ず幸せになる話、たまにはほろっと悲しい話。
昔話は、人生の知恵の宝庫です。
ここにのせるおはなしから、あなたの心に響くものを受けとって、あなたの声で語ってください。
「 こんなすてきなおはなしを見つけたよ 」 って、愛する人に語ってください。

これは、何百年、何千年と、自然災害やさまざまな感染症等におそわれながら、それでも次の世代へと口伝えてきた昔話のたましいなのです。

さあ、がんばるぞლ(╹◡╹ლ)