「昔話あれこれ」カテゴリーアーカイブ

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誹謗中傷が飛び交うといわれているネット空間に、人と人とが直接触れ合い語り合うことを目的としたわがサイトにたくさんのかたが訪れてくださっていることに、大きな喜びを感じています。
語りの森で紹介している昔話は、古い資料から掘り起こした、そのままでは聞いても分からない読むのも難しい話を、聞いて楽しめるように文章を整えています。
もとの資料にある話が伝えようとしているものをできるだけ損なわないようにと考え考え、また、今の私たち、特に子どもたちや若い人たちが聞いておもしろいと思えるように、ない知恵を絞って書いています。
だから1話完成するのに何日もかかります。それなのに、紹介したい昔話は、まだまだ無限にあります。
人生の残り時間であとどれほど紹介できるかわかりませんが、がんばって、そして楽しんで、やっていきたいです。
みなさん、応援してくださいね!

このなかにあなたの心を動かした話があれば、あなたの口から身近な人に伝えてください。
肩ひじ張らず、自分の言葉で聞かせてあげてください。
もとの資料の語り手も、自分の言葉で語っておられたんですからね。
そうやって、過去の人たちとつながりましょう。
そして、あなたの心と口を通して、未来につなげていきましょう。

 

読み書きのない世界📖

山下宗久著 筑摩書房(ちくまプリマ―新書)2026.01

よくいわれるんですけど、「わたしは子どものときから本を読むのになれてるから、いまおはなしを選ぶとき、どうしても文学的な描写がある方を選んでしまうんですぅ」って。
ヤンは、「あんただけじゃない、みんなそうよ」っていいたい(笑)
だって、現代人の多くは文字のある社会で生きているんだからね。

物語を耳から楽しむチャンスってどれくらいあるかなあ。
自分のこと思い返すと、アカドウスズノスケとか、イッチョウメイチバンチとか、幼いときはラジオドラマを聞いてたよな。でもそれ以上に絵本を見てたよな。
たま~に、母親やおばあちゃんがお話してくれたぐらいかな。
10代後半になると、落語とか義太夫とか上方芸能にのめりこんだけど、それ以上に安部公房とかスタンダールとか読んでたよな。

でも、現代人でもつい最近まで文字を持たない人たちがいたんだって。
シベリアのサハ人は、ほぼ100年前まで文字を持たなかったんだって。著者は、そのサハの村に入って行っていっしょに暮して、その人たちがどんな文化を持っているのかを調べた。

文字のない社会って、想像できますか???
でね、七つの疑問について答えてくれています。これです。

文字のない社会に、
1,お金はありましたか?
2,法律はありましたか?
3,どんな娯楽がありましたか?
4,歴史を知るための方法は?
5,宗教はありましたか?
6,メディアはありましたか?
7,今でも無文字社会は残っていますか?

文字がないから、たいせつなことはすべて口伝えなんですね。
口承。
口伝えの文化が豊かに花開いていたわけです。
すべて人から人へ直接話す・聞くで、世の中が動いていく。
不便なこともあるだろうけど、あこがれます。

そして、筆者は、無文字社会から、わたしたちは何を学べるのかということを書いてくれています。引用させてもらいますね。

*物やサービスをお金で買う場面をへらし、~贈与と返礼の場面を増やしていきましょう  これって、わたしらボランティアの精神やん。
*自分の口から発した言葉にきちんと責任を持ち、他人との信頼関係を築きましょう  だいじやな!
*自分の意見を述べ、相手の意見をしっかり聴き、充分に話し合うことがだいじです  ほんま、だいじや!
*昔話や落語、講談、浪曲、朗読、オーディオドラマを聴いて、頭の中で想像力を膨らませ、物語の世界を楽しみましょう。そうすることによって、聴く力が養われるはずです  うん、そのとおりやん!
*地元の伝説を聴いて、地元を再発見しましょう。方言を味わいましょう。  これ、めっちゃだいじやん!自分の土地言葉をだいじにしよう!
*肉声の力を大切にしましょう  これ意識するだけで、あなたの語りはぐんと聞きやすくなるよ!ほんまやで。
*視覚を酷使するのではなく、 五感をバランス良く使いましょう  おはなしを語るときもそうやで!
*対面でのコミュニケーションを増やしましょう  はい、ほんまにそうしたいです!せっかくコロナが収まったんやしね。

今日も、本の紹介でした~

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きのうのホームページは《日本の昔話》を更新しました。
「女房の首」笑ってしまう怖さです╰(*°▽°*)╯
きょうは、《日本の昔話》の奈良の民話を更新しました。「ほととぎすの声」、聴いてください。

 

 

昔話の民俗学入門📖

島村恭則著/創元社(創元ビジュアル教養+@) 2025.11

副題に「民間伝承の秘密を読み解く」とあります。
民俗学っていうのは、公の制度とかではなくて、「俗」を研究する学問です。たとえば、村や家族、農業林業漁業といった生業、年中行事や儀礼、芸能なんかの実態を調査して研究する。
民俗学の対象に言語伝承もある。いわゆる口承ね。
言語伝承には、昔話、伝説、神話、世間話、民謡、地名、ことわざ、などがある。
この本は、昔話を民俗学的に説明しているわけです。
昔話の中に、日本の古い文化や世界観を見つめようっていうわけ。

目次をあげてみましょう。

1,昔話にひそむ深い意味
2,伝説はどのように生まれたか?
3,民謡は時代を歌う
4,現実を映す都市伝説

イラストや写真付きでとってもわかりやすい。
ただし、ひとつの小テーマを、見開き2ページで説明しきっているので、かなり中身は薄い。でも、欄外に「読んでみよう」として参考図書が1,2冊あげてあるので、興味を持ったらそちらでじっくり読むことができます。

ヤンがおもしろいと思ったのは、1と4。
1はね、たとえば、「『昔』とはいつのことなのか?」とか、「桃太郎はどこからやってきたのか?」とか、「笠地蔵はなぜ六体なのか?}とか、小テーマにそって解説してある。
4は、小学生が喜ぶ恐い話の出どころが書いてあるの。学校の怪談とかね。都市伝説ってやつ。アメリカの「消えたヒッチハイカー」が日本に入って来たのが都市伝説の始まりだって。
タクシーに乗せたお客が消えて、シートが濡れていたって怖い話あるでしょ。昔の沖縄では人力車のお客が消えたんだって。韓国では自転車の荷台から消えたり、ベトナムではオートバイの荷台から消えたり。
あと、口裂け女とか、人面犬とか。
こんな話、大すきよ!

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今日の《おはなしひろば》は「パンの皮」
心が暖かくなりますよ~

さっぶ~🥶

2月です。

寒いです。

今年雪でなくなったかたが、去年クマでなくなったかたの数を超えました。
自然を畏れること忘れてはいけません。

さて、ふとしたことで、子ども向けに書かれた昔話集を2冊、見つけました。
書名は『炭焼長者』と『山の神とほうき神』。
『炭焼長者』は、関敬吾著/中央公論社、ともだち文庫11 昭和22年刊
『山の神とほうき神』は、関敬吾編/彰考書院、世界昔ばなし文庫 昭和23年刊

子ども向けに再話された話ですが、その原話の出典もちゃんと明記してあります。
さすがに研究者の編んだものだなあと感心します。
ヤンは、この出典をさがして再話と読み比べてみようと思っています。少しでも腕を磨いて、語るためによい再話をつくって、みなさんに提供したいからです。それが、かつての語り手たちと本にした研究者たちへの恩返しになるから。

『炭焼長者』のあとがきにこんなことが書いてありました。

文藝の様式には、文字で伝えるものと口から耳へ伝えるものがある。文字のなかった時代や文字を知らない民族の間では口承の文学しかない。オデッセイやイリアッドも、ニーベルンゲン、カレワラ、インドの古代の物語も。
口承の文芸は、作者は不明。幾世紀の長いあいだに多くの人々の口によってみがかれ、民衆によって作り上げられた文学だ。(要約)

ふうむ、これ、子ども向きですよ。
子どもをちゃんとひとりの人として、大人扱いしてますね。

あと1話ずつの解説がついています。
これがまた興味深いのよ。

さらに、「米福粟福」の解説に、これは、シンデレラ話で、ヨーロッパをはじめとして、アジア、アフリカ、アメリカと、世界じゅうで語られているとあります。そして、昔話は読んでもおもしろいけれども、同じ話がいろいろな国に伝えられている原因を考えるのも興味深い。「みなさんも、大きくなって、こうした物語に興味を持ったら、研究してみるべき問題です」

この文章が発表されたのは、昭和22年。
日本が戦争に負けたのが、昭和20年。

敗戦の2年後、まだ焼け跡の残る混乱期に、関敬吾は、若い人たちに向けて、広く世界に目を向けて、過去から受け継いできた目に見えない文化を知ってほしいと書いたんですね。

あれから80年近くたっています。
来週の総選挙の争点のひとつに、外国人問題や移民問題が浮上していますよね。
ちょっとまってよ、わたしたち、関敬吾があれを書いた時代からいったい何を学んできたんよ、といいたい。

人間って、進歩しないのかなあ。

いや、そんなこと思いたくないなあ。

『炭焼長者』『山の神とほうき神』は、国会図書館デジタルコレクションにあるので、ネットで無料で読めますよ。

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《日本の昔話》のなかの「奈良の民話」を再開しました。
できるだけ毎日1話ずつアップしていきますね。

 

おはなしが育つ🐴

今週の大人のためのおはなし会(16日金)にむけて、「馬方やまんば」をもどしています。
・・・出典は『日本の昔話5』おざわとしお再話/福音館書店

この話は、2004年に小学5年生に向けて語ろうと、「母の目玉」とセットで覚えました。
もう22年育ってきたんやなあ、と、感慨深い。
幼児から大人までたくさんの人に語ってきました。

前半は、馬方がやまんばに追いかけられる、いわば鬼ごっこの場面。
手に汗握るドキドキは、自分も子どものころ経験してるから、しぜん、リアリティが生まれる。で、子どものドキドキと、馬の足を切って投げるという現実にはあり得へんけど、夢の中やったらあるよなあって、子どものやっぱりリアルな驚きが、語り手を乗せてくれる。
語るたびに子どもといっしょにドキドキしてびっくりするうち、おはなしはわたしの中でしかと根を張る。

後半は、いろりの上の梁にかくれる、いわばかくれんぼうの場面。
前半が「動」なら後半は「静」・・・このはなし、構成がうまいなあ

ここでは、いろりに火をおこすこと、甘酒をあたためること、背あぶりすること、もちを焼くこと(以上やまんばの行動)と、梁にかくれること、屋根から茅をぬいてそれを使って飲み食いすること(馬方の行動)を、語り手がリアルに想像できることが、話の肝になる。
とすれば、語り手の想像力と表現力が試されるわけね。

もう何年も前に民族学博物館のツアーで白川郷に1泊したことがある。
ほんとは2泊のはずが、1泊で切り上げになったわけは、道中雪が降り始め、着いたときには大雪で、12月にこんなに降ったことがないといって、地元の人たちが、雪対策に大忙しで、お客の相手はしていられないから帰ってくれといわれたから。
大雪の中、小さなバスで荘川のほとりを走るの、恐かったよ~

それはさておき、とりあえずその晩は合掌造りの大きな家に泊まったの。
寒かったから、いろりの周りにみんなで集まって、地元の人たちと会談。
おおきないろりでね、めっちゃ大きな薪を放りこんで、火をたく。その煙いこと!暖かいこと!
寝る前にくるりとうしろを向いて背あぶりすると、芯まで温まって、ひと晩じゅう暖かいのよ。

あのときの外気の寒さと、いろりの暖かさ、外界と遮断された静けさが、「馬方やまんば」の後半を語るとき、わたしの中に再現されるの。
何度も何度も語り、伝えているうちに、それはわたしの中に根を下ろす。

レパートリーの1話1話に育ちがあって、それが楽しい。それが語り手の幸せやと思います。

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きのうのホームページ更新は《外国の昔話》
「相棒」です。
真面目なような笑いばなし?