ロシアって広いから、たくさんの少数民族が独自の文化を継承していて、昔話もおもしろい。
ロシアの昔話を集めた人といったら、アファナーシエフが代表的で、いままでアファナーシェフ中心に読んできて、再話もそこからやっててね、語りの森もそこからのがほとんど。
でも、最近はまってるのが、ヴィクトル・ガツァークの集めた昔話。
『ロシアの民話Ⅰ・Ⅱ』渡辺節子訳/恒文社
めっちゃおもしろくてねえ。
先日アップした「イリヤ・ムーロメツの三つの旅」、読んでくださいましたか?
ロシアとウクライナとベラルーシは(狭義の)東欧と呼ばれてて、同じ文化圏なのね。
イリヤ・ムーロメツは、東欧の伝説の勇者。
勇気があって強いだけではなくて平和を愛し、人類愛にあふれている。
そんな英雄を心に持っている人たちがお互いに殺し合うなんて、悲しい。
この本には、ロシア国内の辺境の地に暮らす少数民族の伝える話がたくさんある。
それが、おもしろい。
訳者の渡辺節子氏の解説から、ほんの少し抜粋しますね。
民話が人の心を現すものである以上、似通った状況では、似通った話が生まれても不思議ではない。が、民話がまた民族の心をえがく芸術である以上、同じようでありながらどこか違ってくるのも当然である。
そうなのね。異文化に暮らす者でも、似通っているので理解できる。でもどこか違う部分がとても興味深い。
人間の成長に必要なものの多くが口伝えの物語を通して語られていく。
文字を持たず広大な地に少人数で散らばっている人々にとって、口伝えの物語は早くから文字を持った民族にくらべ、はるかに大きな意味を持っていたのである。
そう、お話を聞くというのは、単なる娯楽ではなかったということです。
厳しい状況で語りつがれ今に記録されている昔話は、読んでいてほんとうに背筋が伸びる感じ。
おいおいに、《外国の昔話》にアップしていきますね。
それから、こんなことも書いてあったよ。
話を正しく伝えることが義務でもあったエスキモーでは、祭りやその他種族全体の大事な時に語られ、聞き手もみな話を知っていて、話者が間違えないかとじっと聞き入ったという。
話は大事。言葉も大事なんやね。
間違えたら責められるんだろうね。
そんな場で語るのはこわいけど(笑)
だれや、勉強会で、ヤンが書き書きしてるくらいで緊張するっていう人!(笑)
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昨日のおはなしひろばは、鹿児島の昔話「こゆびたろうと宝のくつ」。
バタ臭いというか、「かしこいモリー」とそっくりのおはなし。
聞いてね~