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語りの森を作った魔女

2月のおはなし会👹

2月19日(木)
こども園 3歳さん 1クラスずつ3回

ろうそくぱっ
おはなし「まめまてまて」『鈴木サツ全昔話集』より再話
ろうそくぱっ

わたし「豆って知ってる?」
こども「知ってる~」「おにになげたの~」
こどもたち「おにはそと~ふくはうち~♬」

わたし「おじいさんは、大きな声で、にゃお~とねこの鳴きまねをしました」
こども「にゃお~」「にゃお~」「にゃお~」「にゃお~」
先生「にゃおにゃおうるさいなあ。おはなし、どうなったか分からない!」
わたし「そしたらもういっぺんね。ねずみたちは、びっくりして・・・・」

はい、みんなで楽しいおはなし会でした。
翌日、子どもたちに会ったら、「あ、お楽しみ会のおばちゃん!」っていってくれました(笑)

2月25日(水)
こども園 4歳さん 1クラスずつ2回

ろうそくぱっ
おはなし「大工と鬼六」『日本の昔話』小澤俊夫/福音館書店
おはなし「くらいくらい」『語りの森昔話集』
ろうそくぱっ

「大工と鬼六」は、冒頭でおはなしの題をいうとき、「大工と鬼」ということにしています。
なぜなら、この話のおもしろいところは、おにの名前を当てる場面だからです。最初に「大工と鬼六」といってしまったらネタバレしてしまって、盛り上がりに欠けるから。
わたし「大工ははっと気がつきました。そうか、鬼の名前は・・・?」
ここで名前が出てこなかったら、もういちど歌います。
子どもたちは、真剣な目で、じっと耳をすませます。そして、分かった子が、おそるおそる「おにろく?」といってくれます。きょうは、「ろく?」といった子がいました。なるほど、たしかに(笑)
わたし「そう!おにろくだ!」
子どもは大喜びです。

2月26日(木)
こども園5歳さん

ろうそくぱっ
おはなし「かしこいモリー」『おはなしのろうそく1』東京子ども図書館
ろうそくぱっ

最後のおはなし会です。
毎年、今時分は、卒園に向けて5歳さんは気疲れしているように思います。でも、長い話をしっかり聞いてくれました。
「かしこいモリー」をこども園(幼稚園)で語るのは初めてです。
「警察に捕まる!」とかいいながらも、最後に「おもしろかったあ!」といってくれました。ほっとしました。
言葉は少し変えています。
冒頭「男とおかみさんがおりましたが」⇒「おかあさんとおとうさんがおりましたが」
「中から女の人が出て来て」⇒「中からおかみさんが出て来て」
この子たちがこれまで聞いていた中では、一番登場人物が多いので、気になっていました。ナイトキャップの取り換えのところも、丁寧に、確認しながら進めました。

おはなし会が終わってから、みんなで歌を歌ってくれました。
子どもたちの筒いっぱいの声を聞くと、ほんとに元気になります。

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きょうは、《日本の昔話》「奈良の民話」を更新しました。「つばめのお土産」です。

 

 

 

全国の佐々木さんゆかりの神社⛩️


泊まった休暇村から、琵琶湖を臨む。

この日は、安土へ行きました。
JR安土駅から、南に向かってとっとこ歩いて行くと、沙沙貴神社があります。ささきじんじゃと読みます。
ここのロウバイが見ごろだって、たまたま前日のニュースで言っていたので、行ってみました。
あたり!でした。


檜皮葺の門です。

その門を内側から見た所。雪が残っています。


拝殿。


本殿とロウバイ。

本殿にはわれらがスクナヒコの神がまつられています。
ロウバイの香りがさわやかに満ちていて、春の訪れをささやいていました。

観光客もなく、落ち着いた神社でした。
でも、全国の佐々木さんがお参りに来るそうです。

ところで、近江八幡市には、織田信長が建てた安土城の跡があります。
JR安土駅から北に向かってとっとこ歩きましたが、膝がもたなくて、とちゅうのセミナリヨ跡といわれているところで引き返しました。
セミナリヨは、天正10年にイタリア人宣教師によってつくられた、日本最初の神学校だそうです。
今は、のどかな公園です。


セミナリヨ跡の史跡公園から臨む。

これは、安土駅前の信長さんです。

安土駅前には、喫茶店すらなくて、とりあえず電車に乗ろうと、来たのに乗りました。で、京都まで帰ってきたら、どの喫茶店にも人がいっぱいで、結局、家でお茶を入れて飲みました・・・

 

 

語るためのテキスト

ストーリーテリングの勉強会で、気になること。
みんな、語りたい話をコピーして(手書きも含め)それをテキストにして覚えていきますよね。
そのテキストなんだけど、わりに簡単に言葉を変えてもいいと思ってるふしがある。
あ、一部の人ですけどね。

たしかにわたしはわたしが語るためのテキストに手を入れます。
でも、それはわたしのテキストであって、あなたはわたしではない。

勉強会で、どうしても困っている人には、手助けします。
また、自分でも変えられるように力をつけてほしいとも思う。
わたしは、一字一句変えてはいけないとは思っていない。
けど、なんでもかんでも変えるといいとは思わないでほしい。

どうしても困ってからにしましょうよ。

近江商人の町💰

京都からJR東海道線で半時間あまり。近江八幡に行って来ました。
雪はほとんど解けていて、でも、たまに、古い酒屋の屋根からどさっと落ちてきてびっくりしました。
京都府南部よりは寒かった。

近江八幡の地名のもとになった日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)です。

3日が鬼やらい、豆まきの行事があるので見たかったんだけど、夜の7時からということで断念しました。

豆まきの準備中。

八幡山のロープウエー

頂上からのながめ。かつてここには豊臣秀次のたてた八幡城がありました。
近江八幡の街並みが広がります。

頂上には、豊臣秀次のお母さんが秀次の菩提を弔うためにたてた村雲瑞龍寺があります。

城下町が栄えるもととなった八幡堀。

和船が観光客を乗せて運行してたんだけど、寒かったので、やめました。
堀端にすわって、ういろうを味わいました。あ、丁稚羊かんも素朴でおいしかったよ。あと、おみやげなら、丁子麩と、あかこんにゃくがお勧め。

 


新町通り。
古い町並みが保存してあります。
郷土資料館や歴史民俗資料館、豪商の旧宅が並んでいます。


近江兄弟社。そう、メンタムの会社ね。
その向かいに、建築家ヴォ―リスの像があります。

この日は休暇村で宿泊。
近江牛のビュッフェ。
牛のステーキ、牛のすき焼き、牛のしゃぶしゃぶ・・・
1週間分の牛肉をたべました・・・うぷ╰(*°▽°*)╯

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今日のおはなしひろばは、「おにの子」
聞いてくださいね。

 

 

さっぶ~🥶

2月です。

寒いです。

今年雪でなくなったかたが、去年クマでなくなったかたの数を超えました。
自然を畏れること忘れてはいけません。

さて、ふとしたことで、子ども向けに書かれた昔話集を2冊、見つけました。
書名は『炭焼長者』と『山の神とほうき神』。
『炭焼長者』は、関敬吾著/中央公論社、ともだち文庫11 昭和22年刊
『山の神とほうき神』は、関敬吾編/彰考書院、世界昔ばなし文庫 昭和23年刊

子ども向けに再話された話ですが、その原話の出典もちゃんと明記してあります。
さすがに研究者の編んだものだなあと感心します。
ヤンは、この出典をさがして再話と読み比べてみようと思っています。少しでも腕を磨いて、語るためによい再話をつくって、みなさんに提供したいからです。それが、かつての語り手たちと本にした研究者たちへの恩返しになるから。

『炭焼長者』のあとがきにこんなことが書いてありました。

文藝の様式には、文字で伝えるものと口から耳へ伝えるものがある。文字のなかった時代や文字を知らない民族の間では口承の文学しかない。オデッセイやイリアッドも、ニーベルンゲン、カレワラ、インドの古代の物語も。
口承の文芸は、作者は不明。幾世紀の長いあいだに多くの人々の口によってみがかれ、民衆によって作り上げられた文学だ。(要約)

ふうむ、これ、子ども向きですよ。
子どもをちゃんとひとりの人として、大人扱いしてますね。

あと1話ずつの解説がついています。
これがまた興味深いのよ。

さらに、「米福粟福」の解説に、これは、シンデレラ話で、ヨーロッパをはじめとして、アジア、アフリカ、アメリカと、世界じゅうで語られているとあります。そして、昔話は読んでもおもしろいけれども、同じ話がいろいろな国に伝えられている原因を考えるのも興味深い。「みなさんも、大きくなって、こうした物語に興味を持ったら、研究してみるべき問題です」

この文章が発表されたのは、昭和22年。
日本が戦争に負けたのが、昭和20年。

敗戦の2年後、まだ焼け跡の残る混乱期に、関敬吾は、若い人たちに向けて、広く世界に目を向けて、過去から受け継いできた目に見えない文化を知ってほしいと書いたんですね。

あれから80年近くたっています。
来週の総選挙の争点のひとつに、外国人問題や移民問題が浮上していますよね。
ちょっとまってよ、わたしたち、関敬吾があれを書いた時代からいったい何を学んできたんよ、といいたい。

人間って、進歩しないのかなあ。

いや、そんなこと思いたくないなあ。

『炭焼長者』『山の神とほうき神』は、国会図書館デジタルコレクションにあるので、ネットで無料で読めますよ。

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《日本の昔話》のなかの「奈良の民話」を再開しました。
できるだけ毎日1話ずつアップしていきますね。