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語りの森を作った魔女

10月のおはなし会🌰

10月12日(月)
幼稚園4歳児 ラス
ろうそくぱっ
おはなし「三匹のくま」『語りの森昔話集4おもちホイコラショ』村上再話
ろうそくぱっ

今年度2回目。まだ2回目なのに、なんて上手に楽しそうに聞いてくれるんでしょ。
子どもたち、嬉しくて仕方がないんですね。
わたし「はい、おしまい」
子ども「おもしろかった~」
さようならをした瞬間、ひとりの子が抱きついてきて、それを合図にわらわらと子どもたちが抱きついて来て、窒息しそうになった(@^0^)
あ、コロナやしね、内緒よ。ここだけの話ね(笑)
帰宅後の手洗い洗濯。長く続けるために、がんばろ~

園長先生の、子どもは今を逃してはいけないという時期があるんですという言葉が、心に深くしみこみました。
小学生だって同じだと思うんだけど、学校ではどうして言葉と心の教育は後回しになるんだろう。

10月15日(木)
幼稚園5歳児 1クラスずつ2回
ろうそくぱっ
三枚のお札
ろうそくぱっ

さすが年長さんですね~
きちんと並べた椅子に、おりこうさんにちゃんと座っていました。
小学生みたいやなあと思いました。
それでも後ろの列の子は横から顔を出したり、ちょっと立ち上がったりして、一生懸命見て(聴いて?)いました。
絶対はずさない「三枚のお札」なんだけど、前回が半年ぶりだったし、座り方もソーシャルでスタンスだし、わたしはマスクだし、最初は少し緊張しました。
でも、鬼婆が出現するころには、いつもとおんなじ(^∀^●)
約10分の熱演(笑)を2回は、窒息しそうになった(@^0^)

今月はおはなし会はこれでおしまい。
なんだか寂しいけれど、それでも報告ができるようになって嬉しいな。

 

 

昔話の解釈ー七羽の烏5👩👩👩👩👩

マックス・リュティ『昔話の解釈』を読む

第1章七羽の烏

KHM「七羽のからす」では、妹は、兄さんたちを救うために世界の果てまで旅をし、最後はガラスの山に行きます。
他の類話では、妹にはどんな課題が課されるでしょうか。

KHM9「十二人兄弟」
七年間、口をきいてもいけないし、笑ってもいけない。

KHM49「六羽の白鳥」
六年間、口をきいてもいけないし、笑ってもいけない。そして、その間にエゾギクで兄さんたちのシャツを六枚縫わなければならない。

アンデルセン「野の白鳥」
11人の兄さんたちのために、教会の墓地に生えているイラクサでシャツを編まなくてはならない。その間、口をきいてもいけないし、笑ってもいけない。
うう。墓地は怖いし、イラクサはトゲトゲで痛いよ。手は傷だらけ(⓿_⓿)

「野の白鳥」は、アンデルセンの創作だけど、昔話に基づいて書かれたものです。

昔話は、極端に語るという性質があるけれど、これらの類話をみると、競い合って極端化しているみたいね。条件がどんどんきつくなっている(笑)

「口をきかない」という課題については、ふたつのことが言えると、リュティさんはいいます。
1、がまんしたりあきらめたりする力と意志を象徴している。
なるほど~
2、葛藤の芽をはらんだモティーフである。
がんとして口をきかないから、疑いをかけられても中傷されても、すべて受け入れないといけないんですね。口をきかないから妹は火あぶりにされる。葛藤の芽をはらんでいる。
昔話は、モティーフのつながりによってストーリーが作られます。口をきかないことが、ストーリーを前に進めています。

ところで、王の妻になった妹は、義母(魔女)の中傷で、火あぶりにされることになります。刑場に引き出される馬車の中でも、妹はシャツを編み続けます。火あぶりになる瞬間、シャツが編みあがり(もしくは最後の六or七年が過ぎ去り)白鳥たちが飛んでくる。
このクライマックスの描き方について、リュティさんは、グリムもアンデルセンもとっても感傷的(センチメンタル)だと批判しています。
本来の口伝えの昔話では、もっと簡潔で力強いといいます。

ここでリュティさんは、ドイツのフェーマルン島に住むエンマ・ベントさんの語りを引用して、グリムやアンデルセンと比較しています。
めっちゃ面白いんだけど、長くなるので、次回にまわします。

はい、ここまで。

****************

一昨日は、HP更新。
絵本のこみちと外国の昔話、見てね~

昨日は、今年度最初の初級クラス勉強会。
メンバーによる報告があるので、ちょっと待ってくださいね(。・∀・)ノ゙

 

 

ハイジ⛺

中村桂子さんの『「ふつうの女の子」のちから』(2018年/集英社クリエイティブ)を読んでたらね、ハイジについて書かれてたの。
そういえば『ハイジ』はちゃんと読んでなかったって気がついて、読んだ。

子どものとき家になかったから、きっとどこかで借りて読んだんだろう。
なんども読んだ作品は、登場人物や風景が見えるんだけど、ストーリーしか覚えてなかったからね。

ヨハンナ・シュピリ作/上田真而子訳/岩波少年文庫/2003年

涙、涙。
久しぶりに号泣したよ。
ストレスも発散した(笑)

わたし、小学生のとき、読書感想文が嫌いでね、提出しなかった。
いや、書かなかった。
感動すると書けないもの。書きたくないもの。
だから、いま、『ハイジ』の感想書かない!

ふたつだけ。
人の心のほんとうのあり様は、美しいのだということ。
アルムの自然の美しさは、映像では分からない、ヨハンナ・シュピリの筆による描写が最高だっていうこと。

みなさん、ぜひ読んでみて。
高学年以上の子どもをお持ちの方は、寝る前に読んであげて。
親子で感動するの、いいと思う。

ヨハンナ・シュピリ(1827-)は、スイスのヒルツェルという小さな村で、生まれます。父親は医者、母親は牧師の娘です。
44歳ごろから小説を書き始め、『ハイジ』は53~4歳のとき世に出ました。74歳で亡くなるまで子どもの本や小説を書き続けたそうです。

 

 

昔話の解釈ー七羽の烏4👩👩👩👩

マックス・リュティ『昔話の解釈』を読む

第1章七羽の烏 つづき

呪いはとっても軽くかかってしまう。
じゃあ、解くときはどうか?

一旦害が生じると、そう簡単には解けません。
しかも、解くのは、呪いを掛けた父親本人ではなく、妹です。
妹の愛が、呪われた兄さんたちを救う。

兄さんたちのところへ行くには、遠く骨の折れる道です。世界のはてまで行かなくてはなりません。
わずかなパンと水と椅子だけ持って。
恐ろしい太陽と月との出会いがあるけれど、星は贈り物をくれます。
太陽、月、星、どれも彼岸者ですね。
ようやくガラスの山に着き、妹は自分の指を切り落とすという最後の難関を突破します。

このような大変な過程を経て、呪いが解かれるのです。
しかも、解けるときは、あっさりと簡単に一瞬で解けます。
「ここに妹が来ているのならいいのだが」というからすの願いを聞いて、妹はさっとその場に出ていく。すると、七羽のからすはみんな人間に戻る。
あっけないくらいです。
冒頭で父親の呪いの言葉がいともやすやすと実現したのと、ちゃんと対応しています。対になっている。これこそが昔話の表現方法なのです。

ところで、ガラスの山の中で、妹がカラスたちのお皿や盃から食べたり飲んだりするモティーフがあります。
現実的に考えると、妹は長旅の後でおなかがすいていたということになるんだろうけれど、象徴的に考えると、救うものと救われるもの、生きているものと彼岸にいるものとの間に連帯を打ち立てる愛の食事ともとれると、リュティさんは、言います。

前回、実際の生活でも、親の軽率な言葉や態度が子どもに害を及ぼすことがあるというリュティさんの言葉を引用しました。
身につまされる方も多いと思います。
わたしもその一人です。
ここで気が付くのは、子どもに掛けた呪いを解くのは、あなた(親)ではないということです。親には解けないのです。
だれが解いていますか?・・・妹ですね。
親より聡明で勇気のある妹です。
呪われた子どもを親以上に愛する誰かが主人公となって人生をかけてくれてはじめて、呪いは解けるのです。

思うんだけど、親はできるだけ自覚して呪わないようにしなくっちゃ。
でも、愚かだから、呪っちゃうんですね。
そしたら、わたし呪ってしまったって気が付かないといけません。
これ、親の苦しみね。
あとは見守ることしかできない。退場です。
そして、彼、彼女を愛する人が現れて呪いを解いてくれるのを邪魔しないことです。
これ、子離れですね。

さて、妹の呪いを解くための旅は、他の類話ではどうなっているでしょうか。次回は、より苦労の多い他の妹たちの旅を検討します。

 

 

 

 

わたしが子どもだったころ👦

ケストナーをぽつりぽつりと読んでるんだけど。
というか、ケストナーと中村桂子さんを交互に読んでるんだけど。

やっぱりケストナー、すごいわ。
子どもを子ども扱いしない人。時代の大問題をどうやったらあんなふうに子どもと共有できるのかな。

『わたしが子どもだったころ』は1957年出版。これがきっかけで、ケストナーは1960年に国際アンデルセン賞を受けました。
作者前書きに「親愛なる子どもたちと、子どもでない人たちに!」とあります。
もちろん、わたしは、子どもでない人として読んだんだけど、夢中で読みながら、自分が子どもとして読んだら何を感じるだろうと思いながら読みました。
きっと、この人は信頼できる大人だと思って読んだでしょう。

ケストナーはドイツのドレスデンで生まれたんだけど、この本の中で、歴史ある街ドレスデンがどれほど美しく慕わしい土地かということが、写実的に描かれています。決して感傷的ではなくて。
高橋健二さんの訳のおかげもあると思うけど、ドレスデンの街がまざまざとみえました。そして、ああいつか行きたいと思いました。

ほんとにドレスデンはすばらしい都市だった。みなさんはわたしのいうことを信じてよい。ー引用

ところが、そのすぐあとに、だれもそこへ行くことはできない、ドレスデンはもはや存在しないからだとあります。
第二次世界大戦で、一夜のうちに消されてしまいました。
その二年半後に、故郷に立ったケストナーは、はてしない廃墟の中で、自分がどこにいるのかわからなかったのです。
ケストナーは言います。
ドレスデンを廃墟にしたのは誰なのか、いい争ったところで、ドレスデンを生き返らせはしない!美しさを、死人を生き返らせはしない!政府を罰せよ、人民を罰するな!(略)即座に罰せよ!

故郷の魅力を語るやり方も、戦争への怒りを訴えるやり方も、読み手を子ども扱いしていないのです。

ほかにも、両親のことや、出会った先生たちのこと、学校生活のことを読んでいると、今の私たちの生き方の参考になる、と思いました。
「子どもにも心痛がある」なんて章は、思わずうなりました。
一応児童文学なので、読みやすいです。
おすすめ~

ケストナーの大人向けの小説『一杯の珈琲から』(東京創元社)もおもしろかった(^∀^●)

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本の返却期限が明日なので、急いで書きましたヾ(•ω•`)o
「七羽の烏」はちょっと待ってね。

きょうはおはなしひろば「しおふきうす」を更新しました。

台風が近づいてる。みなさま、気を付けてください!