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語りの森を作った魔女

怖い話のおはなし会はいかがでしょうかぁ🧟‍♀️

もうほんまに暑いです。
ひんやり楽しめるおはなし会はないかいなと思っていたら、ありました。

8月2日(土)
子どもから大人まで楽しめるそうですよ。
詳しくは、こちら⇒2025年8月2日ひやり夜話チラシ

子どもも対象にすると、おとなには恐くなくなることが多いし、大人にとって怖い話は、子どもには向かないし、なかなかプログラムを作るのが難しい。
とくに、子どもにとって、見知らぬ語り手が語る場合、難しいよなあ。
子ども会とか文庫とか、いつものおばちゃんだと、恐くてもどこかで安心できるんだけど。
ヤンは、図書館の子どものおはなし会でもやる勇気がありませんo(≧口≦)o
だから、この「ひやり夜話」、語り手としてとっても興味があります~

ここだけの話、わたしは恐い話は苦手です。
5、6歳のころ、おじいちゃんの家で、スイカ食べながらテレビ見てたらね、「ねこ化け」やってたのよ。
「こわい~~~~! 夜寝られなくなるう~~~」
スイカほっぽり出してふるえてたら、おじいちゃんがいいました。
「テレビで見たおばけは、ほんとうには出てこないよ、夢にも出てこないよ」

これ、いい呪文でした。
おかげで、いまでも、怖いテレビを見ても夢に見ることはありません。
ちゃんちゃん。

ヤンは、恐がりだけど、恐がらせるのは、す・き╰(*°▽°*)╯

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今日のHP更新は《日本の昔話》「かみなりさまとかさやさん」
語ってくださいね~
こっちは笑い話です!

 

 

初めてお話を聞く人に・・・質問に答えて🧐

今年度もおはなしサークルききみみずきんのおはなし入門講座が開かれます。
⇒こちら

ところで、きのう、メールでご質問くださったかたがいて、「初めてお話を聞く人には、まず、どんな話を語ればいいですか」とのおたずねでした。

新しい語り手を発掘するのは、先輩たちの役割です。
各地で、教育委員会や、サークルなどが、ボランティア講座など、工夫を凝らしていますね。

さて、ご質問へのお答えですが、2つのケースがあると思います。

1,語りのみのばあい
1話5~10分で、語り手の好きな話。
好きな話には聞き手に訴える力があります。語り手の楽しい気持ちや感動がつたわればそれでいいです。そして、聞いて楽しかったと思ってもらえればOK。
どんな話がいいかという客観的基準はありません。
おとなだから、よっぽどでなければストーリーは伝わるはずです。
けれども、集中できる時間が短いので、10分を越えないようにします。

2,語りに解説をつける場合
1話5~10分で、子どもたちが喜んだ話。
その話を語ったとき、子どもたちがどんな反応をしたかを、具体的に解説します。
語りには、そんな力があるんだと発見してもらえるようなエピソードを添えます。
ふだん子どもたちに語っていて、そのことがいかに楽しいか、充実しているかを伝えることができれば、ちょっとやってみようかなと思う人が生まれると思います。

お答えになったでしょうか???

わたしたち語り手は、一代で終わってはいけないと思います。つぎの人からつぎの人へと、語り自体をつなげることがだいじだと思います。
物語は、文字にすれば残るけれども、物語に命を吹き込むのは人間です。

語り手はたいがい無償ボランティアですし、若い者たちは仕事もあって忙しい。
不景気な世の中で、でも、わたしたちは暇だからやっているのではありません。
新たな語り手を生み出すためには、ほんと、知恵と努力が要るとつくづく思います。

 

赤ずきんちゃんのルーツ ミニレクチャー

大人のおはなし会のテーマを「おおかみ」にしようかって話になって、じゃあ「赤ずきん」かなあって言い合って、でもグリムならみんな知ってるし、ペローの「赤ずきん」はどうかな、ってことになったんですよ。

ペローさんは、グリムさんより100年以上前の生まれの詩人でね、宮廷のお姫さまたちのために昔話を再話しています。ざっくり言えば。(ざっくり過ぎる~笑)

その再話のなかに「赤ずきん」もあって、ストーリーは、赤ずきんがおおかみに食べられる衝撃的な場面で終わってるの。

語るなら再話しなくちゃってことで、ヤンの出番になったんだけど。
再話するなら、原話をもうちょっと深く調べなくては。
と、いつものごとく、ちまちまと調べていった。

で、調べたことをミニレクチャーします。

7月6日(日)あったかペーチカ(10:15~)の後12:30~13:30。
無料です。
あったかペーチカのついでにご参加ください。

内容は

@狼に食べられて終わりの「赤ずきん」は、ペローだけではない。口伝えでけっこう語られていた。
じゃあ、どんなふうに語ったんだろ?こわいやん?

@グリムは、ペローを参考にしたんだけど、狩人がおおかみを殺すってのは、グリムが考えたの?
狼のお腹から助け出されるのは、「おおかみと七匹のこやぎ」のパクリ!?

@もとの「赤ずきん」は、赤ずきんをかぶっていなかった?
いつからかぶせたんやろ。

@もとの「赤ずきん」はどんな話だったんだろ。
赤ずきんは、狼に食べられるだけの存在でもないし、狩人に助けてもらうだけの存在でもない。自力で逃げだす勇気と主体性を持った女の子だった?

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今日のホームページ更新は《外国の昔話》「歌うふくろ」
語ってくださいね~

京都府南部、梅雨が明けて、まだ6月とは思えない猛暑、激暑です。
みなさま、熱中症にご注意ください!

 

 

6月のおはなし会🐌

6月23日(月)

こども園 4歳さん 1クラスずつ2回

ろうそくぱっ
おはなし「三匹のくま」『語りの森昔話集4おもちホイコラショ』
ろうそくぱっ

てっぱんの三匹のくま。
長さを感じずに楽しんでくれました。
今年の4歳さんは、よく聞ける学年やなあと思います。
おばあさんが、くまの家に侵入すると、「どろぼうやん」「悪(わっる)~」
「ぶつぶつもんくをいいました」の繰り返しにお腹をかかえて笑いながら、「さて、くまたちは、もうおかゆが冷めたころだと思って」というと、シンとします。
どろぼうのおばあさんがどうなるか、恐くなるようです。
めっちゃ集中してたひとりの男の子が、そうっと何気なく部屋から出て行きました。「え?」って思いながら見てたら、廊下から聞いてるのですよ。

 

6月25日(水)

こども園 5歳さん 1クラスずつ2回

ろうそくぱっ
おはなし「アナンシと五」『子どもに聞かせる世界の民話』矢崎源九郎編/実業之日本社
おはなし「くらいくらい」『語りの森昔話集』
ろうそくぱっ

ハトの奥さんの「それから・・・」の間(ま)で、「五!!!」って叫んでしまう子が、何人もいます。
どう語ったらええのか、勉強さしてもらってます。
ただ、アナンシが「五!」といったとたん、「あ!」って気づいてくれるから、まあいいか(笑)
ラストはアナンシが死んじゃって、みんな満足。うれしそうでした。
「もっかい!」のリクエストにお応えして、「くらいくらい」をやりました。
「前もしたやん」っていったんだけど、それでも聞きたいようです。
「ぎゃあ~~~~」といって終わりました。

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いま読んでる本に、ストーリーテリングと読み聞かせや読書との違いについて書いてあってね、ストーリーテリングは、聞き手と語り手とがギブアンドテイクで作って行くものってあったんです。
だから、本で読んだり、朗読で聞いたりするのとは根本的に違うのね。
「ぎゃあ~~~~」で終われるのが、ストーリーテリングなんですよ。

 

生きぬいて、モリー💃

今日は沖縄慰霊の日です。
毎年体験談に接しては、恐怖と悲しみと憤りに胸がいっぱいになります。

今年は、敗戦80年ということで、東京や大阪や日本国じゅうでの空襲や、さまざまな戦争体験がニュースや新聞に、写真とともに載っています。
がりがりにやせて真っ黒な顔の子どもたちの表情。

ひるがえって、現在進行で行われている戦争。
やはり、がりがりにやせて真っ黒な顔の子どもたちの表情。

この責任は、わたしにもある、と自分に言い聞かせても、それなら何ができるのかと、絶望的になります。

今月の語りクラスで話題に出たんだけど、「かしこいモリー」の王さまが「盗む」という言葉を使うのはよくないから、「とる」にしたらいいのではないかという考えについて。わたしの考えを聞いてくださいね。

「大男の刀(財布・指輪)を盗んで来たら」を「大男の刀(財布・指輪)をとってきたら」にする人がるけれど、どうなんだろうっていう意見です。
でもね、たとえ言葉を「とる」に変えても、盗んでくることに違いはありませんよね。
言葉の表面だけ言い換えても実質は変わらない。それって、ごまかしなんじゃないかなと思うんです。それか、わたしは盗まないという自己満足。

モリーは、親に捨てられた子どもです。親は、食べさせることができないから、どうしようもなくて捨てちゃった。捨てたくなかったでしょうね。
捨てられたから、モリーは、ふたりの姉さんといっしょに、まっくらの森の中をひたすら歩いた。
生きるために。
がりがりにやせて、真っ黒な顔をして。

そんな弱い存在が生き抜くためには、どうすればよかったんでしょう。
知恵を使って、大男の娘たちの金の鎖と自分たちのわらなわを取りかえたところで、モリーに何の罪があるでしょう。
そして、絶大な富と力を持つ王さまが、盗んでおいでといったとき、「やってみます」以外の答えはなかったと思います。
自分が幸せになるために。

そして、わたしは、モリーに幸せになってほしいです。

わたしは、モリーに何もしてやれない。
けれども、もし不幸にも、目の前の子どもたちががりがりにやせて真っ黒な顔になったとき、モリーを思い出してくれたらと思います。

目の前にいる子どもだけでなく、その先を生きる子どもたちみんなに、モリーのように生きてほしいと思います。
だから、わたしはモリーを語ります。

豆の木に登っていったジャックも同じです。
人食いの巨人、しかも宝物をいっぱい持っている巨人から、盗んでくることを悪ということはできません。
それでもなんでも生き抜いてほしいと、わたしは思います。

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今日の更新は《日本の昔話》「海行こう、川行こう」です。
悲しいテーマのお話ですが、カラっと語れば心に響きます。
語ってくださいね~