「日記」カテゴリーアーカイブ

あなたこそたからもの  byヤン

「はな、はな、たくさんのはな。
みんなはな、おなじはな。
でも、いろも、かたちも、それぞれちがう。
そっくりおなじ はなはない。
みんなおなじで、みんなちがう。
いのちのおもさは、みんなおなじ。
おかねもちも、びんぼうなひとも、
ハンディキャップのあるひとも、
おとなも、こどもも、
はだのいろも、かみのけのいろも、
おとこも、おんなも、かんけいない。
ひとりひとりが、たいせつにされる。
だって、いのちは、ひとりにひとつ。
はずかしがりやさん、おこりんぼ、
あしのはやいこ、ふざけてばかりいるこ、
なきむしさん……。
いろんなともだち、それぞれ、ちがう。
ちがっているから、たすけあえる。
はっけんもある。
いっしょにあそぶと、たのしいよ。
みんなおなじで、みんなちがう。
だれもが、ひとりのひととして、たいせつにされる。
このことを、「こじんのそんちょう」というよ。
こじんのそんちょうは、けんぽうのだいじなねっこ。
なにをしているときが、いちばんしあわせ?
おやつをたべているとき?あそんでいるとき?
ともだちとおしゃべりしてるとき?
ほんをよんでいるとき?
すきなことも、それぞれ。
せんせいだって、おとうさんだって、
「これがきみのしあわせだよ」
なんて、きめることはできない。
いろいろ、すきなことがあるといいね。
いろんな、しあわせをかんじられるといいね。
それは、あなたが、じぶんらしくいきていくということ。」
   ………『あなたこそたからもの』より抜粋
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6年生のブックトークのために平和をテーマにした本を探していて見つけました。
『あなたこそたからもの』 いとうまこと文・たるいしまこ絵/大月書店
2015年5月に出版されたばかりの絵本です。
解説によると、作者の伊藤真さんは1958年生まれの弁護士さん。夢は、「世界の
幸せの総量を増やすこと」だそうです。
いとうさま、憲法の理念をこんなにわかりやすく書いてくださってありがとうご
ざいます。
たるいしさま、子どもたちをこんなに温かく描いてくださってありがとうござい
ます。
本は、会ったこともない人と、心をつないでくれますね。
もう少し紹介させてください。
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「ながいれきしのなかで、たくさんのひとびとが、
ぐんたいやけんりょくによって、くるしめられてきた。
けんりょくというのは、いやなことでも
むりやりさせる、おおきなちからのこと。
もっとじゆうに、もっとしあわせにいきるために、
ひとびとは、たたかってきた。
そして、けんぽうをてにいれた。
わたしたちのけんぽうは、
たくさんのひとたちからの、おくりもの。
あなたのみちは、じぶんでえらぼう。
だれかにまかせたり、
だれかのあとをついていくのではなく、
じぶんのあたまでかんがえて、
えらんだみちを、あるきだそう。
もし、まちがったみちだと、きづいたなら
たちどまって、
また、かんがえればいい。
どういうひとに、なりたい?
どんなふうに、くらしたい?
どんなくにに、なってほしい?
これからさき、けんぽうをまなびながら、
ひとりひとりが、かんがえていこう。
ひとりひとりに、かけがえのない
いのちと こころがある。
ほかのだれともくらべられない。
あなたは、せかいでたったひとりの、
たいせつなそんざい。
あなたこそ、たからもの。
それを、わすれないで。」
     ………おわり
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子どもたちにお話を届けていて、いつも思っていることが書かれていました。
それが、憲法の理念だとは、意識もしませんでした。
そして、意識もしないほど、自分が憲法に守られて生きてきたのだと気づきました。
でも、守られていない子どもや大人がいっぱいいる。そのことの意味も痛感しま
した。
これからも、子どもたち一人ひとりの心に、お話を丁寧に届けていこうと思います。
昔話は、どんな困難があろうともクリアして、主人公の幸せに向かって一直線に
進む。
そのメッセージを、届けようと思います。
子どもたちの目を、しっかり見ながら。
  ヤン

がちょう番の娘  byヤン

6月末から7月初めにかけて、6年生の授業を6回やりました。
プログラム
A校 45分 1クラスずつ2回 ひとりで
「がちょう番の娘」 『語るためのグリム童話』小澤俊夫監訳/小峰書店
「きつねの恩返し」 『日本の昔話3』小澤俊夫再話/福音館書店 日常語で
ミニ・ブックトーク 「平和」をテーマに30冊
B校 45分 1クラスずつ4回 ふたりで
「がちょう番の娘」
「重荷を分ける」 『日本の昔話4』小澤俊夫再話/福音館書店
「じゅくし柿でけが」 『日本の昔話4』
ミニ・ブックトーク「12歳が主人公の物語」を30冊
どのクラスも、「よく聞いてくれた」といえるでしょう。
でも、聞き手と一緒になって語り手自身がどきどきするというような手ごたえが
あったのは、2クラスだけ。
A校B校それぞれ1クラスずつね。
残念!
例えば、「灰かぶり」のように、繰り返される唱えことばで子どもの背筋がしゃ
んと伸びたというようなことは、「ガチョウ番の娘」では無かった。
3滴の血のしずくやファラダの首の「母上がお知りになったら……」は、OK。
でも、お姫さまの「吹け吹け風よ風こぞう……」はだれる。語っていても長く感じる。
くり返しの1度めはおひめさまが自分の力を知ることになる契機。2度目はおひ
めさまの自信に満ちた心。3度目は王さまが正体を見破る契機。と、語 り分け
てるつもりなんやけどなあ……
これまでも何度も語っているのですが、なかなかうまくいかないんですよ。
私は好きな話なんですけどね。
吹けふけ風よでだれたあとは、最後まで盛り上がらない。
腰元の罰だけはギョッとしますが、それは核心ではないからね。「おまえは自分
に対して裁きを言い渡したのだ」は心を置いて語りますが。
これって、6年生はもう昔話年齢が過ぎているからなのかなあ。5年生でやって
みようかなあ。
わたしの語りかたのせいなのかなあ。
わたしは、高学年に語る機会が低学年ほどは多くなくて、経験の積み重ねが絶対
的に少ない。
だから、なぜなのか、どうすればいいのか分からないのです。
みなさま、「ガチョウ番」語られますか?
経験を教えてくださいませ。
  ヤン

初めて生で聴きました byぽん

ぽんです。
一昨日の日曜日、当ホームページのヤンさんが、
京都市交響楽団の演奏会に合唱団の一員として舞台に乗られるということで
京都コンサートホールまで行ってきました。
関西圏に住みながら、コテコテの大阪人の私。
当然のことながら、京都など無視して今まで生きて参りました。
ですので、京都コンサートホールなど行ったこと無し。
何十年ぶりに阪急京都線に乗り、初めて京都の地下鉄に乗り、まるで、お上りさ
んのように、行って参りました。
さて、すでにカミングアウトしておりますように、私、リコーダーを10年やっ
ております。
ずーーーーっと以前にクラリネットも吹いておりました。勿論ご幼少のみぎりに
はピアノも弾いておりました。
ですが、今回初めて合唱付きの曲を聴きました。
感想。。。ああ、人間の声ってなんてすばらしいんだろう。
どんなに楽器で一生懸命やっても、人間の声には負けるよな、と思いました。声
に勝るものなし。
オケの演奏を聴いても、また、アンサンブルの演奏を聴いても楽器だと一つ一つ
の楽器の音と音との間にホンの小さな隙間がある。(というように、私 には聞
こえてました)
なのに、そこに合唱が入るとその隙間がなくなり、全てがピタッと重なり合っ
て、一つの塊となって、迫ってくる、そんなような気がしました。
それは、合唱と言えばいいのか、人間の声と言えばいいのかわかりませんがとに
かく、人間の声が全ての隙間を埋めていたように思えたのです。
初めての経験でした。やみつきになりそうです。
冬には第九をされるとか・・・。
そういえば、むかーしむかし、「カルミナ・ブラーナ」を吹いたことがありま
す。吹奏楽アレンジで、合唱無し。
そうそう、声の部分も楽器で吹きました。
合唱付きオケのデモテ(昔はカセットテープだったのよ)を聴いて、言葉(何
語?ドイツ語?イタリア語?)が分からないので、聞こえたとおりに、無 茶苦
茶歌って遊んでました。
そういえば、小澤征爾さん指揮のCDが家にあったような。。。探して聴いてみ
よう。
で、語りの森に関係ないやんって?
違うんです。
語りって声で語るでしょ。当たり前やけど。
皆さん、どんな声で語ってます?
語るときに、声のこと考えたことあります?
ちょっと声の事も考えた方がいいんじゃないかと思ったんです。
どんな声で語るかで、そのお話の印象も変わってくるんじゃない?
勿論、声色を使うってことじゃないですよ。
たとえば、深みのある声、暖かみのある声、冷たさを感じる声。凜とした感じの
ある声。柔らかい声。等々。。。
私の声は私の声で、それ以上の何物でもないし、どうすることも出来ないんだけ
ど、それでも、どんな声で語るのか、ってやっぱり大切じゃないのかな あ。
金曜の中級の内容を振り返ってみて、余計にそんな風に思いました。
そういえば、リコーダーの先生がいつもおっしゃいます。
「歌うように吹きなさい。何かを語るように吹きなさい」
ああ、グルグル。思考の海に落ちて流されてしまいました。
                             byぽん

早めに書いとこう byぽん

ぽんです。
昨日、保育所にお話会に行きました。
私は3才と5才を担当。
〇保育所
ろうそくなし。各クラス約30名。3才は20分、5才は30分。
まず3才
ろうそくのうた
お話「おおきなかぶ」 同名絵本 福音館書店
絵本「はみがきれっしゃ しゅっぱつしんこう」 くぼまちこ アリス館
童歌「にぎり」(手遊び付き)
絵本「ちびゴリラのちびちび」 
    ルース・ボーンスタイン/作 いわたみみ/訳 ほるぷ出版
童歌「さよならあんころもち」(手遊び付き)
ろうそくのうた
お話語ってみました。
機嫌良く「ろうそくのうた」歌って、その直後。
一番前の女の子が「おおきなかぶ、読んで」ってちっちゃい声で一言。
「がらがらどん」にしようかと、ほんのちょっとだけ思ってたんですが、この一
言で「かぶ」に決定。
「今日は絵本見んとやるから、聞いといてな」と言ってから始めました。
みんなで声をあわせて「うんとこしょ、どっこいしょ」と、今日もみんなでかぶ
を抜きました。
そして・・・。今日もわらべうたにやられました。
ホントに楽しい。
にぎりでは、象のたまごから、象が生まれました。
「なんて鳴くの」って聞いたら「パオーン」だって。
手のひらの上で象がたまごから生まれて「パオーン」って鳴きました。
(ホントは、象はたまごから生まれないから、こんなんしたらあかんのかもしれ
ませんが)
さよならあんころもち、今日はイチゴ入りのあんころもち。
もちろん、子ども達のリクエストにお答えしてのことです。
3才さんでは、『歌て』ばっかり。ええんかいな、ほんまに。
あぁ、絵本は幼すぎて、失敗。ちょっと退屈そうでした。
それに、説教(教訓)くさいのは、あかんね。やっぱり性にあわん。
つぎ、5才
ろうそくのうた
お話「大工と鬼六」 『日本の昔話② したきりすずめ』 福音館書店
お話「ひな鳥とねこ」 『子どもに聞かせる世界の民話』 実業之日本社
絵本「かとりせんこう」(2回) 田島征三/作 福音館書店
ろうそくのうた
先月は3才さんが終わるのを待ってて、待ちくたびれた感が充満しててで、「あ
れ、どうしたん?」っていう感じだったんですが、
今回は、いつもの集中力で聞いてくれました。
ここの子は本当によく聞いてくれます。
「ひな鳥とねこ」4才の時にも語ってるので、「今日はもう一つ、前に聞いたこ
とあるお話するわ」と言ってから語りました。
前半「知ってる」「知ってる」と言う声も時々聞こえ、余裕綽々の聞きよう。
後半のつぼの中に隠れてからの「くしゃみが・・・」は台詞自体を楽しんでいる
様子も感じられました。
4才の時は、ドキドキしながら聞いてたのにね。
2回目だったこと、1年分成長したこと、で、聞き方が変わってきたんでしょうね。
その違いを直に感じられて、大変勉強になりました。
「かとりせんこう」
いつもは、オチのわかるもっと大きな子に読んでるんですが、
『こどものとも』やしなあ、と思って、幼児に読んでみました。
結果・・・、大爆笑。オチは「なんで月、落ちひんの?」と聞いてましたが、そ
こを除けば大受け。
「もう一回読んで」の声に負けてしまいました。ここの園の子、滅多にそんなこ
と言わないんだけどね。
『オチがわからないから読まない』のか『オチがわからなくても読む』のか
悩むところではありますが・・・。
さて、お話会に行ってから日を置かずに書くと、子ども達の様子が沢山思い出せ
ることがわかりました。
やっぱり、すぐ書かなあかんわ、と、大反省。
                    byぽん

自分を内側から見る byヤン

哲学の話ではありません。
胃カメラの話です。
胃カメラはもう両手に余るほど経験しています。
看護師 (にこやかに)「もう慣れておられますよね〜」
わたし (可愛い子ぶって)「ええ〜っ。だめですぅ〜」
麻酔の儀式が済んでベッドへ。
わたし 「モニター見ていいですか?」
看護師 「ええ、ええ。このくらいの角度でいいですか?」
わたし 「はい、よく見えます」
わたしはいつもモニターを凝視します。
自分を内側から見るチャンスです。
医者の性格も見えます。
ただし、医者が間違えたからといって手出しはできません。黙って凝視するだけ
です。
かつて半身麻酔でひざの手術をしたときもモニターを見ました。
その時の担当医は語りが上手く、ときには笑いも出て、2時間ほどがあっという
間に終わりました。
で、きのう。
医者 「はい、いちばん苦しいところは終わりましたよ」
わたし 「・・・・・・」
いつもそうなのです。カメラが入っていくいちばん細い所が苦しい。
そして、「一番苦しいところは終わりましたよ」の直後にいちばん苦しいところ
を通過するのです。これは医者のマニュアルにあるのだろうか。
手慣れた私は、この言葉を合図に思いきり鼻で息を吸います。鼻で息を吸うと食
道が開いて脱力出来るのです。これ、経験知ね。
うまく通過。
が、ほっとしたのもつかの間、なんだこれは!
まるでこぶとり爺さんのように大きなこぶが、通路をふさいでいるではありませ
んか。
ちょっとぽこぽこっとしてるけど、きれいな肌色のこぶ。きっと良いじいさんの
こぶでしょう。
とは、医者は言わなかった。黙って通りすぎた。
わたし 「ちょっとちょっと、なんかいうてよ」と、 声に出せないつらさ。
それからは緊張の連続。
次のこぶを求めて手に汗握るアドベンチャーワールド。
って、医者にすれば普通にカメラ操作しただけなんでしょうけどね。
わたしにはスリル満点の洞くつ探検。
わたし 「ちょっとちょっと、なんかいうてよ」 声に出せないつらさ。
寡黙な医者は怖い。
医者 「では戻ります」
わたし 「えっ、さっきのこぶは?」 声に出せない…
おお、また見えた、こぶ。
医者 「悪性のものかどうか検査するので、組織を取っていいですか?」
わたし ブンブンブン!思いきり首をたてにふりましたよ。 「痛っ!」
あ、これは首をふりすぎたので、カメラがのどをこすったのです。
黄色い細い針金のようなものが管に差し入れられて…
お、モニターでも見えました、見えました。
画面は拡大されているので、けっこう大きなキャッチャーのようなもんがこぶの
一部をはさむ。
おっと、失敗。
再チャレンジ。
おお、画面が真っ赤に!
管に注射器が差し込まれ、水が噴射されて血液が除かれていく。
水鉄砲やね。
医者 「では抜きます」
わたし 「・・・・・」
・・・・・・・・・
係の女性 「今日の検査結果は2〜3週間後に郵送します」
わたし 「あ、そんな先ですか?」
係の女性 「はい」
わたし 「うっ」
はい、はい。首を洗って待っております。
どうかよいじいさんのこぶでありますように。
あ、そうか、鬼を飲んだらええんや〜
  ヤン