妖怪ウォッチ  byぽん

ぽんです。
なんとか今日中に間に合いそうです。
今日は「妖怪ウォッチ」のおはなし。
皆さん「妖怪ウォッチ」ご存じですよね?
今、子どもたちの中で大流行。
ちょっとした、社会現象にもなっていますよね。
これ、私も名前は知ってるんですが、正直言って中身はよくわからない。
とりあえず、アニメでやっています。
アニメ映画にもなっています。
ゲームにもなっています。(ニンテンドー3D)
妖怪ウォッチなるおもちゃも出ています。
キャラクター商品は山ほど出ています。
どうやら、ひょんなことから妖怪ウィスパーと出会った主人公が
妖怪を見ることの出来る妖怪ウォッチなる腕時計のようなものを手に入れ、
その後いろんな妖怪と友達になり、彼らと協力していろんな問題を解決していく、
という、話しらしい。
なんか、ちょっと昆虫採取ならぬ、妖怪採集の感じもしますね。
で、この妖怪ウォッチ。
私たちには助かることもあり、困ったこともあったり、なんです。
去年、「おっきょちゃんとかっぱ」を幼稚園児に読んだところ、かっぱがわから
なかった。
キョトーンしてました。
「かっぱって知ってる」
「知らん」・・・。
かっぱの説明をしました。
かっぱわからんって、もうこの絵本もそろそろ今の子どもたちには合わないかと
思いました。
今年。ばっちり楽しめました。
だって「ノガッパ」知ってるんですもん。
何日か前にごぶジローさんのコメントにあった「ひもじい」
幼稚園児に形容詞としての「ひもじい」は普通わかりませんよね。
でも、今は・・・。
ごぶジローさんの書かれた通りのことがおこると思います。
妖怪ウォッチの「ひも爺」を知ってるんですもんね。
形容詞の「ひもじい」を言われて、音だけで「ひも爺」を思い浮かべ
「ひも爺」が相手のお腹をすかせる妖怪だから「ひもじい」は「お腹がすいて
る」に繋がる。
いや、それはあかんことやないんですが、ちょっとワンクッション必要になります。
「あっ、ああ〜」ってね。
そして、「一旦ごめん」
これも妖怪です。
どんな問題をおこしてもその場しのぎの謝罪で批判をかわそうとする
何があっても反省しない妖怪だとか。
「ごめん、ごめん一旦ごめーん」が口癖。
これ、「一反木綿」のパロディー。
幼稚園児に「謝りなさい」というと「ごめん、ごめん、一旦ごめーん」だって。
私たちの知ってる妖怪のパロディーで、全く違うものになってるのもあって。
いやいや。困ったもんです。
一度、皆さんテレビアニメ見てみてください。
金曜18時半〜 テレビ大阪です。
で、見られた時には、是非、dボタンを押してみてください。
今まで出てきた妖怪の名前やら何やらズラーっと出てきます。
びっくりするほどの数です。
ああ、何とか日付がかわらんうちに書けた。
子どもの興味のあるものについて、また、折を見て書きたいと思います。
っと最後に。
スマホ専用画面で見られてる方、リンクが貼ってないですよね。
ホームページはこちら
http://www.babayaga2013.sakura.ne,jp

今年最後のお話会  byぽん

ぽんです。
昨日、今年最後のお話会に行ってきました。
某保育所、4才児クラスと5才児クラス
4才
(プログラム)
始まりの歌(「ろうそくの歌」と言っています)
お話  「おだんごぱん」 (同名絵本/福音館)
絵本  「サンタのおまじない」
絵本  「ぐりとぐらのおきゃくさま」
おしまいの歌(「ろうそくの歌」と言ってます)
今日は人数が少なめでした。10人ぐらいかな?
いつもは15・6名います。
おだんごぱん、ころころ転がっていくところから、くすくす笑いどおし。
一緒に歌ってくれました。
最後、きつねに食べられると・・・。
子ども 「えっ、食べたん?」
わたし 「うん。食べてん」
子ども 「おいしかった?」
わたし 「どうかな?おいしかったかな?」
子ども(口々に) 「うん。おいしかった」
ホンマに???美味しかったんだって。
そりゃ、良かった。
ぐりとぐらのサンタさんが作ったカステラも美味しかったんだって。
そりゃ、良かった。
5才
プログラム
ろうそくの歌
お話 「赤ずきん」(「子どもに語るグリムの昔話⑤/こぐま社)
絵本 「サンタのおまじない」
絵本 「マドレーヌのクリスマス」
ろうそくの歌
こちらも、人数少なめでした。やっぱり8人ぐらい。
いつもは12・3人かな。
こちらは、ちょっと「赤ずきん」がしんどかった。
4才から聞いてるので、たいていは、もう「赤ずきん」は聞けるんだけど・・・。
ここは、聞けない子もいました。
赤ずきんの話(絵本)を知らんって子もいたし。
「ずきんって?」「帽子みたいなもの」と、途中で説明も必要でした。
保育所や図書館で何回も語ってますが、『ずきん』を質問されたのは初めてでした。
今回は「マドレーヌのクリスマス」も一部言葉を言い換えたり、足したりして読
みました。
でも、「赤ずきん」は5才にはちょっとしんどいよね。
考えを改めねばいけません。
これにて今年のお話会は終了です。
失敗したり、成功したり。
うまいこといったり、うまいこといかんかったり。
いろいろですな。
ちなみに、この日は25日。
その日の朝、サンタさんから届いたおもちゃで遊びたいからお休みが多くなるん
だそうです。
新年は13日から。また、保育所からやぁ。

おはなしが育つ  byヤン

今話題の塩レモン。ではなくて「馬方やまんば」。
出典を書いておきますので、みなさん是非読んで、語ってくださいね。
  『日本の昔話5 ねずみのもちつき』小澤俊夫再話/福音館書店刊
さてさて。
ぽんちゃんが書いてた「語り手が語った以上に聞き手が聞いてしまう」とは
ちょっと違うかもしれないけど。
語り手の思っていたのと全く違った聞き方を、子どもたちがすることはしょっ
ちゅうあります。
例えば、≪外国のおはなし≫のページに載せている「かきねの戸」。兄妹がかきね
の戸を外して出かけるところで、聞き手の子どもたちはこの話が笑い 話だとわ
かるのですが、それでも森で迷子になるあたりから子どもたちは恐くて緊張しま
す。それが私には意外でした。わたしは、あくまでもちょっと した笑い話とし
て語っているからです。
木の上にいると泥棒がやってきて、子どもたちの緊張はさらに高まって、息をつ
めて聞きます。だからこそ、「おしっこ」「うんこ」で緊張が緩和し て、ド
カッと笑うんですね。桂枝雀さんの落語の理論とおんなじや〜って気がつきました。
それから、兄妹がどろぼうたちの置いていったお金をみんな持って帰るところ、
「悪〜っ」って言った子どもたちがいたのです。これも意外でした。な んて正
義感が強いんだろうと思いました。そう、たとえどろぼうがおいていったもので
も持って帰ったらどろぼうになるのです。ところが、それを知っ たお母さんが
大喜びしたっていうところで、子どもたち、笑ったんです。このユーモア感覚、
すごいと思いません?
最後、そのお金で一生楽に暮らしましたっていうと、「ああよかった〜」と大満
足でした。昔話の主人公の幸せ、富の獲得と身の安全で、めでたしめで たし。
わたしにとってはほんのおまけの話だったのに、子どもたちのおかげで実のある
しっかりした、上質な笑いを引き出す話になりました。
わたしのレパートリーはみんな、このような経験の上に出来上がったものばかり
です。
子どもたちに語ることでおはなしは育つと思っています。
だから、いつも、こどもたちに語るとき、「これどお?」って気持ちでお話を差
し出します。そうすると、子どもたちは、「こうやで」って返してくれ る。毎
回、それが楽しみなんです。
あ、≪外国のおはなし≫のページの「かきねの戸」に、音声つけますね。子どもの
声をようく聞いてください。わたしの声は聞かんでもいいですから ね〜(笑)
さてクリスマス、わたしはさっきサンタさんからプレゼントもらいましたよ。
なにをって?
教えてあげへ〜ん。                ヤン

塩レモン byぽん

ぽんです。
クリスマスイブですね。子どもたちは希望に目を輝かせてますね。
子どもたちの嬉しそうな顔には、本当に心が洗われます。
この子達みんなが幸せになれますように、と思わず祈ってしまいます。
さて、ぜんぜん関係ない話。
先日、初めて塩レモンを作りました。
レモンを切って、塩の分量を量って・・・。
煮沸消毒した瓶に 塩・レモン・塩・レモン・・・ と層になるように入れ
て・・・。
途中までは良かったんです。
が、が、が、・・・。私の右手中指には大きなひび割れがありました。
最初はレモンがちょこっと染みただけでした。
でも、次に塩が・・・レモンが・・・塩が・・・。
ぎゃあ〜〜〜〜〜痛い〜〜〜〜。
思わず思いました。
「リアルかちかち山や〜〜〜」
火傷に唐辛子を塗り込まれた狸の気持ちがよく分かりました。
いや、こんなんわかったらあかんねん。
わかって、語ったら、「意地悪なうさぎ」と「かわいそうな狸」になってしまう
やん。
いた〜〜〜ってなったわずかな瞬間に、こんなことまで思ってしまう。
本当に生活の隅々にまで昔話が染みこんでしまってて、
すぐに、頭を出してきて、存在を自己主張してきます。
私の生活、かなり毒されてます。

私も馬方やまんば  byぽん

ぽんです。
昨日中にUpしようと思っていたのに、日付が変わってしまいました。
馬方ついでに、私も参戦。
私も馬方やまんばを語ります。
もちろん日常語で語っています。
そして、もちろんその日常語はババヤガーの勉強会で完成させたものです。
さて、さて。
とある小学校の2年生1クラスと3年生1クラスに語った時のことです
ここは、毎月行ってる学校。
どちらのクラスでも同じ事があったんです。
馬方は大事な馬の足をやまんばに二本も食べられ、とうとう『二本足の馬』に
乗って逃げます。
その後、もう一度やまんばが言いますよね、「馬の足、もう一本おいていけ・・・」
そのやまんばの台詞の後、子どもたちが口々に言ったんです。
「一本足の馬やっ。」「けんけんで走るんやっ」
その瞬間のクラス全員の納得した顔。
私、心の中で「いや、ちゃうねん。一本足の馬ちゃうねん。今度は馬が食べられ
るねん。」
でも、その直後におもわず、思ってしまったんです。
「一本足の馬で走ってから、やまんばに食べてもらおか・・・」
「いやいや、あかん、筋は変えたらあかん」
結局は子どもの反応にびっくりしながらも、ちゃんとテキスト通り語りました。
語り終えた後、いつも、小澤俊夫さんの「うまからやまんば」の絵本を紹介します。
表紙を見せて、「おんなじ話やから、また、自分で絵本も見てね」って。
ところがこの日は子どもたちが
「一本足の馬のとこ見せて」って。
わたし、「あの・・・、一本足の馬になったっけ?」
子ども、「・・・」しばし沈黙
子ども 「ならへんかったわ」
わたし 「そやね」
子ども 「食べられたわ」
でもね・・・。正直言うとね。
もし、私が伝承の語り手で、自分の子や孫に語っていてこう言われたとしたら、
絶対一本足の馬で走ってから、やまんばに食べさせたと思うんです。
私は、伝承の語り手でもないし、聞き手は自分の子や孫でもなかった。
だから、テキスト通りに語った。
私は一本足の馬は語らなかった。
でも、子どもたちの頭の中では、やまんばが「もう一本〜」と言った瞬間に
一本足の馬がけんけんで走った。
これは、間違いないと思うんです。
もうちょっと違う言い方をすると、
まさにこの瞬間、子どもたち(聞き手)の中に「こう語って欲しい」という意志
が生まれた。
語り手の「こう語ってあげたい、こう語りたい」という意志だけでなく、
聞き手の意志が、お話の表に突然はっきりとした形で現れた。
私は、そう思いました。
みなさん、どう思いますか?
何、たわけたこと言うとんねんって?
そうかもしれません。
この、『聞き手の「こう語って欲しい」という意志』、しばらく考え続けたいと
思っています。
明日は・・・いやちゃう今日は、三宮で再話の勉強会です。
サンタまであと三晩。・・・もう、ええっちゅうに。