みなさん。
今週、昔話の語法を更新したのはご存知ですよね~
こちら→外的刺激
読んでくださいましね。
わたし、リュティさんの昔話についての理論が、大好きです。
今週アップしたのは、特に好きな考えかたのところです。
「主人公は本質的なものと出会うために旅に出なければならない」
主人公って、わたしであり、あなたですよね。
♫じぶんの じんせいのなかでは だれもが みな しゅじんこお~♫
人生という旅をしていると、めっちゃリアルにいろいろな事件が起こって、心が奈落に落ちたりピヨピヨ空を飛んだりしますよね??
でね、そのあざなえる縄のごとき様々な出来事は、すべて本質的なものと出会うための必然なのだ、と考えてみる。
すると、泣いたり笑ったりした後で少し平静になって、つらい時は、「大丈夫」って思えるし、舞い上がりそうなときは、「OK、地に足つけよう」って思える。
前向いて生きられる。
わたしたち、ひとりひとり個々別々、違う人生歩いてますよね。当たり前だけど。
でも、昔話って内面を描写しないから、主人公に個々の顔がありません。でね、だからこそ、主人公はわたしでありあなたであり得る。
同時に、これはわたし、だけど、あなたでもある、って直観できます。
絶対的に平等なんです。
だから、孤独とは無縁なのです。
昔話の平面性。
これを発見した先生に、乾杯!
はい、きょうは哲学でした~
ヤン