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語りの森を作った魔女

昔話の解釈ー賢いグレーテル5👩‍🍳

昨日は黄砂で、晴れているのに空が青くなかった・・・(;´д`)ゞ
今日は少しマシですね。でもすっきりしない。

マックス・リュティ『昔話の解釈』を読む

第5章 賢いグレーテル

なぜ私たちは、後ろ向きの「幸せハンス」を楽しく朗らかな気持ちで聞く(読む)ことができるかでしょう。というのが、今日の課題ヾ(•ω•`)o

リュティさんは、ふたつのことを言っています。

ひとつは、ハンスを笑いものにする、つまり、優越感を味わうのだということ。
それは悪いことではありません。
落語の主人公や漫才のぼけ役、サーカスのピエロや道化師と同じ役目があるってことです。

もうひとつ、こちらのほうが大事なのですが、ハンスといっしょにわたしたちも喜ぶんだということです。
物事を軽く処理するハンスのやり方はすばらしいです。
もう一度読み(聞き)なおして見てください。
引きつったような状態からの解放、緊張からの解放、あきらめの能力、断固として楽なほうを取りつらいほうを取らぬこと、義務の免除を求め、高尚な課題を負わぬこと、それらが、生のリズムの一部をなしていると、リュティさんは言います。
徹底していますよね。わたしたち、人生だけでなく、日常生活でさえ、ここまで徹底して楽なほうを選ぶことができますか?
ハンスはできるんですね。
今直面している困難を、こんなふうに回避できたらどんなに幸せだろう。その気持ちが、朗らかな笑いになるのです。

魔法昔話(本格昔話)では、主人公は、危険や難しい課題に真剣に取り組みます。高い目標や高い価値に向かって精いっぱい努力します。グリム兄弟は、その緊張をゆるめるかのように、笑い話をいくつか混ぜています。
人生にはどちらも必要だということじゃないのかな。

グレーテルは、ごちそうを食べることしか考えていませんね。でも、飲み食いのすばらしさを肯定することも、生の一部だとリュティさんは言います。
同じように、ハンスです。
物事に満足し、折り合いをつけ、不快なことを振り払うハンスのやり方をなにがしか身につけることは、だれにも必要なことなのです。

なんだか、ほっとするね(笑)

私たちのうちには誰にでも、賢いグレーテルや仕合せハンスのようなところがなにがしかある。そして、人間存在のこうした面を肯定はするが、生の中心にはすえないというのは、私たち自身の問題である。

そう考えると、ドラマティックな話から笑い話まで、昔話にはいろんな姿の話がある意味がよく分かります。
昔話は諸々ひとまとめにして人間を語ってるんですね。

「幸せハンス」には類話がたくさんあります。
この章では、リュティさんはアンデルセンの「父さんがすることはいつもよし」を取り上げています。次回はこれね。
読んでおいてくださいね~。
『完訳アンデルセン童話集5』大畑末吉/岩波文庫
『子どもに語るアンデルセンのおはなし2』松岡享子編/こぐま社「おとっつぁんのすることは、いつもいい」

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月曜日の更新は《外国の昔話》で、イタリアの「三つのオレンジ」。
すでにアップしてたはずなんだけど、なぜか行方不明に。(っ °Д °;)っ
で、テキストをさらに改訂したものを載せました。

 

あたらしい春にむかって~🎉

年度が変わろうとしています。
この一年は、コロナ禍で混迷の年でした。
全国の図書館や学校等々でのおはなし会も、中止になったり、再開するか否かで、みんなが、たいへん頭を痛めた年でした。

おはなしおばさんは、ボランティアなので、おはなし会の有無は、依頼主の判断にお任せするほかありません。
けれども、新しい年度にむけて、言いたいことはあります。
子どもたちにとって、読書ボランティアとの生(なま)の関りが、いかに大切かを、依頼主のみなさんで、あらためて確認してほしいということです。
おはなし会は、夜の会食とちがって、十分な感染対策をとることができます。その気持ちを強く持てば、実施できると思うのです。次善策としてのオンラインもあります。

2001年に『子どもの読書活動の推進に関する法律」が施行されたころから、全国各地のボランティアによるおはなし会も活発になりました。
ヤンもその流れの中で、子どもたちにおはなしを語る機会に恵まれてきました。
この法律は、今でも生きています。

けれども、例えば学校の場合は、指導要領の改訂が10年にいちどあって、授業のおはなし会の有無は、それにも左右されます。
今年度は、小学校で新しい指導要領が実施される年でもありました。新しい指導要領では、英語や道徳やプログラミングなどの授業時間が大幅に増えて、現場の工夫が求められます。そのなかで読書活動をどう工夫するか、おはなし会をどう位置付けるか、先生方に任されているのです。たいへんな苦労だと思います。
そこへこのコロナ禍です。
もう一度言います。
子どもたちの育ちにとって、読書ボランティアとの生(なま)の関りが、いかに大切か。

さて、語り手の皆さん。
どんな状況の中でも、自分にできる精一杯のことをして、語りの文化をつないでいきましょう。
口伝えによる伝承はほとんど途絶えてしまいましたが、わたしたち現代の語り手がいます。
語りは、時を越えて世界じゅうの人々からいただいた贈り物です。わたしたちが途絶えさせてはなりません。

さてさて、それで、わたしには何ができるかな?
わくわくしながら考えます。
新しい春です。

 

 

 

昔話の解釈ー賢いグレーテル4👩‍🍳

マックス・リュティ『昔話の解釈』を読む

第5章 賢いグレーテル

グリムの笑い話の中でも最も人気のあるという「幸せハンス」
ハンスは、7年間働いて、母親のもとへ帰る途中です。
砥石を井戸に落っことして、無一文になり、重荷から解き放たれたハンスは、母親のもとへ帰って幸せになるでしょう。

あれれ、わたしたち、グリム童話を読んでいると、家や親の元から離れて旅に出て、成長して幸せなラストを迎えるって話が多くありませんか?
末っ子で兄さんたちにいじめられながら、命の水を父親のもとに持って帰り、お姫さまと結婚して父の後を継ぐ。
母親に追い出されて、なんども殺される羽目に会って、それでも王子さまと結婚して幸せになる。
そんな話に、魂が浄化されるというか、感動を覚えますよね?

こんなふうに、ふつう昔話は、主人公の出立、発展、成熟を示します。
けれども、「幸せハンス」は、帰還、後戻り、退行を示しています。
そういう意味で「幸せハンス」はアンチ・メルヘン(反昔話)のように思われると、リュティさんは言います。

昔話では、主人公に困難な課題を課します。
けれども、ハンスは、何ひとつ重要な課題に出会わず、不愉快なことにばかり煩わされます。

また、昔話は、主人公に、有能な援助者をあたえます。
けれども、ハンスが出会う援助者は、ハンスをだまします。

ハンスは、つぎつぎと貴重なものを手に入れる代わりに、一段また一段と手に入れたものを失っていきます。
ハンスは、持っているものを人に与えますが、親切心や人助けのためではありません。気楽に楽しくやりたいからなのです。いつも一番楽な抜け道を選ぶのです。

精神分析的にいえば、ハンスと自分を同一視する人は、不安のない子どもの状態に帰りたいと思っていて、そういう生き方は、困難を避けて自己を甘やかし、幻想に生きようとする傾向があると考えることができると、リュティさんは言います。

昔話の主人公は出会う人と真実な関係を結ぶが、幸せハンスは常に見せかけの関係しか結ばない。ハンスには世界への通路がない。

じゃあ、なぜ、そんな話が伝承されているのでしょう?
グリムの「幸せハンス」だけじゃなくって、同じような笑い話はいっぱいありますよね?
どうして、わたしたちは、「幸せハンス」を朗らかに笑って聞くことができるんでしょう?

はい、考えといてください。
次回はそのことについて、報告します。

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昨日のおはなしひろばはグリム童話の「かしこいエルゼ」
幸せハンスはほんとうに幸せなの?と同じく、かしこいエルゼは、ほんとうにかしこいの?
かしこいグレーテルは本当にかしこかったけどね~

 

 

 

昔話の解釈ー賢いグレーテル3👩‍🍳

マックス・リュティ『昔話の解釈』を読む

第4章「賢いグレーテル」つづき

笑い話について。
昔話を読んでいると、なんだか極端に愚かだったり、極端に残酷だったりして、いいのかなあと不思議に思うことありませんか?
「そんなことないやろ?」って思うこと、ありますよね。そういう場合、多くは笑い話なんですね。もしくは、笑うところ。

緊張からの解放、気楽さ、良心のやましさをちゃっかりごまかすこと、これが、笑話が私たちに提供するものである。

笑い話は、重荷を下ろしたような感じを抱かせてくれるし、高い理想とか難しい要求とかは何もないと、リュティさんはいいます。
落語とか漫才を聞いているときと同じですね。
笑いは、免疫力を高めるっていうけど、その秘密はここにあるんだ\( ̄︶ ̄*\))

昔話では、笑話は、素材がひとりでに展開していくような描きかたをする。もしくは、調子よく連鎖していくように語る。
そういう技法で作られているのね。
たしかに、『おはなしのろうそく』にのってるノルウェーの「ホットケーキ」や、イギリスの「おばあさんとぶた」などなど、そうですね。
連鎖譚とか累積譚ってよばれます。
累積譚については、こちら⇒《昔話雑学》

グリム童話83「幸せハンス」もそうです。
聞いてください。こちら⇒《おはなしひろば》
金のかたまり→馬→牛→ぶた→がちょう→砥石と、連鎖していきます。

「幸せハンス」は、グリム童話集の中で一番人気の高い笑い話だそうです。
終わり近く、ハンスとはさみとぎ屋の会話のなかで、連鎖をもう一度後ろから前へたどっていますね。語り手は、よっぽどこの連鎖を楽しみにしているらしいと、リュティさんは言います。
そうなんです。ここ、語るのとっても楽しいのです。子どもたちを巻き込んで、逆にたどる、その面白いこと!
で、語るときは、そのように語りましょうヾ(^▽^*)))
同じような構造は、「ありとこおろぎ」(こちら⇒)の終わり近く、「六匹のうさぎ」(こちら⇒)の動物たちがライオンに答えるところでも見られます。

それから、牛はミルクやバターチーズを提供してくれるし、豚はベーコンやソーセージがとれるし、がちょうは焼肉や脂が取れます。
つまり、「賢いグレーテル」でみたように、飲み食いの楽しみが原動力になっているのです。快適な生活一般への喜びが大きな役割を演じています。

さて、最後にハンスは無一文になりますね。
砥石を井戸の中に落としてしまいます。
失敗は無意識的な意図から起こる
ハンスは、砥石が重くて重くてたまらなかったんです。それでも、とっても慎重に井戸のへりに置きます。ところが、ちょっとすれただけで、石は井戸の中に落っこちるんですね。こんなうまいやり方でじゃまっけな石を始末してくれた神さまに、ハンスは感謝の祈りを捧げます。
無意識的な意図。昔話は、心理学より先に、このことを知っていたんですね。

ところで、かつて高学年この話を語ったとき、子どもたちが、「ハンスは本当に幸せだったのか」と議論し始めました(笑)
みなさんは、どう思われますか?
いっぽう、「幸せハンス」は、アンチメルヒェンだとも言われています。笑い話の多くがアンチメルヒェンだとも。
はい、次回はこのことについてお勉強します。

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いま、語りの森昔話集を編んでるところなんだけど、せっかくリュティさんから笑い話をお勉強しているんやから、それを意識して目次を組んでいます。
おはなし会のプログラムでも、これ、生かせますね。しっかりしたおはなしの後にばかばかしい笑い話をもってくる。集中の後には重荷を下ろしたような解放感が、必要なんですね。

私たちにとって理論は理論で終わらない。実践で確かめ、実践に生かす。
そのためのお勉強ですよ~

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きのうは、おはなしひろば、春らしく「佐渡のしろつばき」です。
聞いてくださいね~

 

 

春ですね~🌸

コロナ下でも花は咲きますね。
京都府南部にも春が来ました。
まだちょっと寒い日もあるけど。

写真は、近所の公園の大島桜です。
大島桜は、日本古来の自生の桜です。
ソメイヨシノよりちょっと白っぽい。

卒業、卒園の季節。
入学、入園、新生活の季節をひかえる3月。
コロナ下でも、うきうきと心さわぎます。

完全リタイアのおばあさんでも、幼稚園の黄色いカバンのにおいを思い出して、うきうきします。60年以上過ぎても匂いの記憶は残っている。幸せやな。

あたらしい出逢いがたのしみな人も、心配な人もいるやろね。
どんな思いも、大切に味わってほしいな。
その一足、一足が、生きてるしるしやからね。
ほんで、できれば、幸せなほうへ歩いて行こうね。

コロナ休暇も、ちょうど1年になった。
急激な環境の変化でも、慣れるもんですね。
ゆっくりじっくり考える時間があった。
で、これだけはやりたいってこと、三つ。
1,いっぱい再話したい。
2,図書館のおはなしの部屋を居場所にしている子どもたちと遊びたい。
3,第九歌いたい。

きのう、ききみみずきん主催のおはなし入門講座と、図書館主催の絵本の読み聞かせ講座の日程が決まりました。
募集が始まったら、ぜひ、ご応募を!
新しい出会いがありますよ~
あなたに逢いたい\(@^0^@)/