「日記」カテゴリーアーカイブ

来年のカレンダー🌙🌞

世界も日本も、息がつまるようなストレスにさらされているような気がします。
わが市も、7月19日から、ほぼ毎日感染が報告されています。
秋からはおはなし会も再開できるのではという予測もひっくりかえりそうです。
若い感染者が多いからといって、楽観できない。年寄りは絶対かからないってわけじゃないんだから。
軽症や無症状が多いからって、油断はできない。重症者はいるんですから。

終息させたいです。

先日、アフガニスタン山の学校支援の会からお便りが届きました。
アフガニスタン山の学校支援の会っていうのは、写真家の長倉洋海さんがアフガニスタンのパンシール渓谷にあるポーランデ地区の子どもたち の教育支援のために作られたNGOです。こちら⇒

そのお便りに2021年のカレンダーができましたよってチラシが入ってたのです。
世界じゅうの子どもたちの笑顔、笑顔、笑顔。
いつもその笑顔に励まされます。

まだ7月なのに、来年のカレンダーなんて、早いなあって思ったんだけど、次の瞬間、あ、そのころコロナはおさまってるかもしれない、ワクチンができてるかもしれない、光が見えてるかもしれない、と思った。
賢くがまんしてれば、時がたてば終息するんだ。
希望のカレンダー!

お便りに書いてあった長倉さんの言葉、ちょっとだけ紹介させてください。休校中のポーランデの子どもたちのことです。
オンライン授業ができる環境はありませんが、学校が再開するのを心待ちに教科書に見入っているにちがいありません。健康であれば、勉学の遅れは取り返すことができます。

そう、健康であれば!
頑張ろうね( •̀ ω •́ )✧

 

 

 

 

カラスウリ

よく降りますねえ
京都府南部の話ですが。
今年の梅雨は長くって、冷害が心配。
新型コロナもね。わが市も連日、感染者が報告されてるし。

わたし個人としてはね、急激な環境の変化にやっとの思いで耐えてるんだけどね。
数か月前まではほぼ毎日おはなし関連で出歩いてたのが、いっきに人と会わなくなった。30年以上続いていたルーティンワークがぷつっと切れた。社会とのつながりが切れた。

考えると嫌になるから、今だからできる事をやろうと思って、やってるけどね。
あ~、子どもに語れないのは苦痛`(*>﹏<*)′

そんなわけで(どんなわけや?)、今日はお勉強はおいといて、素敵な写真をお送りします。
ババの仲間からいただいた写真です。

カラスウリの花です。
時間を追って、載せますね。


午前10時。つぼみです。


午後6時51分。咲き始めました。


午後6時59分。咲きました。


午後7時10分。咲いてます。


午後7時20分。


午後9時3分。
きれいやね~


午後11時15分。


夜が明けました。

24時間かけて取ってくださった貴重なお写真、ありがとうございます。

カラスウリの花って、まっ白で、なんて繊細なんでしょう。
秋に、藪にぶら下がっている赤い実しか見たことがなかったので、感激です。

カラスウリといえば、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」
星まつりの夜には、みんなでカラスウリを川に流しに行くのです。
幻想的な光景です。

ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押してやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐに飛びこんだんだ。

ジョバンニの親友が亡くなる場面です。
自己犠牲は賢治の作品の大切なテーマです。

石井桃子の自伝的小説「幻の朱い実」の朱い実もカラスウリですね。
たしかに、カラスウリは赤というより朱いですね。

ゆうがた、おはなしひろば更新します。

ラッキーとアンラッキー🙄

リュティ『昔話の本質』報告
をしようと思ってたんですよ。

いつも、どこをどうまとめようかと、勉強机でコーヒー牛乳を飲みながらちょっとおやつをつまみながら、考えるのね。

ああああああああ!
たっぷり入ったマグカップをひっくり返してしまったあ(っ °Д °;)っ
慌てて、本だけはのけたけど、あと、紙類、筆記用具、カード...
カーペットまで、コーヒー牛乳まみれ。

後始末をせんならんし。やる気は失せた。
で、今日の報告はなし。

実は、一昨日のWEBおはなし会の直前。
この日はトマトジュースを飲みながらやろうと思ってたの、
ところが、開始直前、パソコン机の上で、たっぷり入ったトマトジュースがひっくり返った。
なんでやねん≡(▔﹏▔)≡
パソコンは無事だったが、トマトジュースの香りでいっぱいのおはなし会だった。

ところで昨日15日は、お買い物しなさい~の日。
電車で一駅の某プラザへ、下着を買いに行った。
カードにお金が入ってなかったので、チャージ。
1万円で50円もらった。ラッキー。
帰ってから、いつもの某センターで、チャージ。
1万円で150円もらった。ラッキー。
うれしくて、大隅産のかば焼きを、迷いに迷って、買った。
レジのおねえさんが、「いこいこシニアデーです」って、5パーセント割り引いてくれた。
「めっちゃ、ラッキーやん」って、おねえさんに叫んでしまった。笑われた。
帰りに、近くの某ナカガ〇でチャージしたら、1万円で60円もらった。

うふふ。
人生、禍福はあざなえる縄の如し
机まわりがちょっとコーヒーくさいけど(❁´◡`❁)

 

 

 

昔話絵本雑感📚

絵本は好きなんですよ。
絵画自体も好き。美術展でぼ~っと観るの好き。

ただ、昔話絵本で好きなのはあまりないんですよ。
嫌いじゃないんだけど。
グリムにしても日本の昔話にしても、絵本じゃなくて読みたい、聞きたいって思うの。

昔話大学で、昔話絵本について学んだとき、よい絵本として、ラチョフの『てぶくろ』・マーシャブラウンの『さんびきのやぎのがらがらどん』・佐藤忠良の『おおきなかぶ』の三冊を取り上げていました。
なぜ良いのか、理由は分かりました。
でも、個人的に、感性的に、好きとは言えない。
絵で遊べる『てぶくろ』はまあまあ好きだけど。

ところで、ウラジミール・プロップ『ロシア昔話』にこんなことが書いてありました。
昔話を絵画にすることは原則として不可能であると私は考える。
おお~!
なんでや!
なぜなら、昔話の中のできごとはいわば時間や空間の枠外で生じるが、絵画はそれらのできごとを現実の、目に見える空間に移すからである。

だから、絵にしてしまうと、昔話はたちまち昔話ではなくなるって。
いくらすばらしい挿絵であっても、それは絵画として完結していて、昔話ではないって。

そうなのだ。
やっとすっきりしましたψ(`∇´)ψ

確かに、ロシアには、ビリービンとか、ラチョフとか、素晴らしい画家の挿絵がある。
ババ・ヤガーやどくろを持ったワシリーサの絵なんか見ほれるくらい。
でもだからといって、ストーリーとは別物だって感じていたのね。
絵画として完結してるんだ。

わたしはね、超微力でも、昔話を未来に伝えることをしたいって夢を持っている。
絵本という媒体は、子どもにとって身近だ(と多くの大人が思っている)けれど、わたしはその方法を取らない。
聴くための再話をこつこつと続けていこう~q(≧▽≦q)

+++++++++++

今日のホームページ更新は《日本の昔話》
こわいはなし「こんな顔」
ふふふうふ

 

 

立ち止まって考える~京都大学オンライン公開講座🎊

先週土曜日から始まった、京都大学人社未来形発信ユニットのオンライン講座φ(* ̄0 ̄)
無料で、こんなすごい話が聞けるなんて~
みなさま、おすすめです!
こちら↓

【オンライン公開講義】“立ち止まって、考える”

えっと、哲学と、倫理学、環境史などなど、人文系の先生方の講義です。
人文っていったら、昔のイメージでは、机に座ってただ考えるだけの実際には役に立たない学問みたいに思うでしょ。
いやいや、そうじゃなくて、アフター・コロナも含めコロナ禍の今を生きる私たちに直接訴えかける学問なんですよ。

たとえば、オリエンテーションで、大学総長の山際寿一さんがね、人間を考えるには一千万年さかのぼって考えたほうがいいって。
それから、ゲストの安藤忠雄さんが、人生は一回限りなんだから、自分で考えて自分で行動しようよって。それって、日本人は苦手だけれど。

わたし、こういう考え方、好きだなあヾ(≧▽≦*)o

講義は、7月4日から8月8日まで。
一コマ約1時間。
ライブで聴けなくてもアーカイブがあるからOKですよ~