「日記」カテゴリーアーカイブ

平成最後の12月ですね!

みなさん、こんにちは。
これから、わたくし、図書館のおはなし会の紹介をしていきたいと思います。
よろしくお願いします!
わたくしたちの住んでいる市の図書館は、
おはなし会がはじまって、30年くらいなのでしょか?
ヤンさん、頑張ってますねえ……。ヤンさん、えらい、えらい……
さて、15日土曜日は、4歳から10歳の子どもさんが15人、大人3人。

プログラムは、手遊び メリークリスマス
       お話  めんどりちゃん
       お話  がちょうはくちょう
       絵本  しろさんとちびねこ
       絵本  とべ!ちいさいプロペラき
       手遊び さよならあんころもち

図書館のおはなし会は毎週土曜日、30分間です。
赤ちゃんから小学生、おねえさん、おにいさん、
お母さん、お父さん、おばあさん、おじいさん、
いろんな人が来てくれます。
「いつもこんな感じ」が、あるようで、ないようで、
見ていて私とっても楽しんじゃってます。

不特定の、異年齢の今日集まった子どもたちに、今日のプログラム
な・ぜ・か、ぴったり合っていて、
お話が子どもたちのこころに伝わってる、と感じました。

昨年は手遊びの「メリークリスマ」ができなくて、お母さんに泣きついた子が、
今日はちゃんとできていて、ああ、良かった……、なんてことも。

今年も、残すところ来週の1回となりました。
フレー!フレー!ヤンさん!

第九コンサート🎼

爆発するフォルテがたまらない~

今年も歌いました❣
200人が声を合わせてひとつの音楽を作る。
おっと、いや、指揮者と楽団とソリストと200人の合唱団がひとつの物を作る。
ううう💕💕💕
さっきコンサート終わって帰って来たところなので、まだ興奮が冷めやらない(笑)

第九のサビ(?)の所あるでしょ。
🎵フロイデシェーネルゲッテルフンケン(はれたるあおぞら~)🎵
って、はじけるとこ。
その直前にオーケストラがふっと短調になるのね。
その短調の箇所で、毎年、思いっきり悲しかったことつらかったこと、今不安なことを思うの。
で、つぎの瞬間、フロイデ~って空に向かってはじけるのよ。
フロイデって「歓喜」でしょ。
どんなに苦しいことがあっても、ふり払って、ほら、今年も歌ってるやんって

年に一回第九を歌うのは、わたしにとっては禊(みそぎ)みたいなもんね~
これは第九でないとあかんね。ほかの曲ではあかん。爆発するフォルテでないと。
歌えたことに感謝して、また明日からがんばろう。

あ、そうそう、宮沢賢治がうつむいて畑の中を歩いてる写真あるでしょ。帽子かぶってコートを着て。
あれ、賢治がベートーベンのまねしてるってこと、知ってたぁ?
ほんとよ~


宮沢賢治


ベートーベン

語りの場は変わる⁉

全国の語り手のみなさん、小・中学校にお話を届けていますか?
長年同じところに出かけている人にお尋ねです。最近、お話会の時間数に変化はありますか?

って、いきなりマジに聞かれてもなあ💧って?😅

いやいや、2020年から小学校の学習指導要領が変わるのは、ご存知ですよね?
かつてゆとり教育っていうのがあって、その弊害(?)が取りざたされて、その反省の上に立って、どちらかというと、けっこうハードな方向に変更されてきてますよね。
まあ、素人なので詳しいことまではわかんないけどね。
で、今年と来年は新しい指導要領にむけての移行期ね。

それで、ボランティアのおはなし会っていうのがひょっとして減ってくるんじゃないかなと思って。
全国的にはどうなのかしら?
ヤンが行っているのは小学校は2校、中学校は1校だけなので、よくわからないけど。
それに、まだ減ってはいないしね。

でも、先生がたの時間のやりくりは、まちがいなく、たいへんになって行くと思う。
実際に見ていて、とっても感じるの。忙しいなあ、たいへんやなあって。

まあそれは置いておいて。
学校という語りの場について、いろいろ考えてるの。
というのも、本来の自然な語りの場は、いろり端、お茶の間、ふとんの中でしょ?
絵本や読書も、もともとはとってもプライベートなものよね?

わたしたち語り手って、せんじ詰めれば、ゆらゆらと、過去と未来をつなぎ、人と人をつなぐ存在だと思う。
で、それは、専門の語り手でもいいし、親であったり親族であってもいい。

ヤンは、地域のすべての子どもにお話を、と思って学校に行っているのね。機会に恵まれて、とっても幸せだと思う。
でもいっぽうで、語りの場を家庭に返していくことはできないか、とも、考えている。
え? めっちゃ難関やって❓
そやねえ、幼時からスマホ持っている時代やものねえ💧
でも、だからこそ・・・

『ノート式おはなし講座』をまとめたから、次のステップとして、家庭のおはなしについて、考えて行きたいと思っているのよ。
ああ😁どこまで続くんやろ😁😁😁

形ある物は失せるけれど 🏰

「酋長カイレ」は南米コロンビアに伝わる昔話。
ぎょうせいの『世界の民話31カリブ海』(瀬戸武彦・伊藤富雄・持尾伸二訳)から再話したんだけどね。
子どもたちに読んでほしくて『語りの森2ねむりねっこ』に入れた。
みなさん、読んでくださいましたかあ?

たましいの再生の話。または輪廻の話。
とても古い宗教観が出ています。

鹿➡死人の頭➡ヤシの木➡若者(娘の夫)、と、再生していく。
それらが同じ魂の変身した形であることが分かるのは、「ひと月に一週だけは獲物が取れない」こと。それがヒントになっています。
このたましいは、カイレを、若いときから年をとるまで、変身しながら守ってくれる。守り神って言っていいのかなあ。

自然の中で、他の命を奪って、それをいただいて生きて行くこと、そしてその命を神聖なもの・神と感じること。
現代の私たちには遠い感覚ですよね。
抽象的な言葉で古代信仰とか自然信仰とか説明はできるけれど、実感はできない。ですよね?
でも、それを物語で受けとると、ある種の感動を持って感じ取ることができる。

コロンビアでは紀元前1000年よりもっと前から人々が文化を育んできたそうです。
それが1500年ごろにスペインによって征服され、植民地になりました。
つまり、2500年もの間続いていた独自の文化が、ヨーロッパの文明によって壊されてしまった。
でも、形あるものは壊れるけれど、人から人への口伝えの物語は、残る。
「酋長カイレ」もそんな話のひとつです。
そのような物語、現代に生きる者として忘れてしまった昔話を、見つけ出して、声に乗せて次の世代に伝えたいと思う。

「酋長カイレ」は中学生に語ってるんだけれど、もしかしたら私自身よりもっと深いところで理解しているかもしれないと思います。
感受性が豊かだから、たましいの再生に涙する力があの子たちにはある。それが嬉しい。
わたしは、媒体として、ストーリーを子どもに手渡すのだけれど、ストーリーの深さと、それを受けとる子どもたちの精神とに、驚きを感じざるを得ません。
「酋長カイレ」は、特にそのことを確信させてくれた話でした。
語っていて、ほんとに感動するよ。子どもの視線にたじたじとなる😅
みなさん、ぜひ語ってみて❣

🏥あ~しんどかった

あれ?喉が変やなあと思ったのは11月7日の朝。
まだまだ夏の続きみたいに思ってたから、油断してしまったのだ。
その日の夕方、子どもたちに「👻おばけ~」って叫んだのがあだになった💧

翌日、声が出ない😲
すぐに近所の上手な耳鼻科へ行った。
わたし「(かすれ声で)先生、喉が焼け付くように痛いです。こんなん初めてです」
先生「あ、今はやりの風邪ですわ」
わたし「風邪ですか」
先生「風邪です」

わたしは、ぜったい声帯をやられたと思っていたの。
あ~よかった。手術せんでもええ😊
けど、しんどいこと、しんどいこと。
勉強会とおはなし会と、謝りまくって寝てた💧💧💧

わたしが、声が出ないでおとなしくしていたら、夫が「しゃべらんでもええからな」といって、手話で話しかけてきた。
なんでやねん! 普通にしゃべってくれ!
声が出ないのは私やろ!?

抗生物質を飲み終わるまで10日かかった。
おはなしの練習は再開したけれど、咳だけは治らない。
一昨日の図書館では、咳で中断。
わたし「ごめん! うつさへんからね!」
子ども「・・・・」

今週は毎日おはなし会。
練習もせんと、どないするねん、って思ってたら、きのうの朝、胃がキリキリと痛んだ。
落ち込む体質が災いしたんやな。
弱り目に祟り目。泣きっ面にハチ。
胃薬を飲んでもすっきりしない。

きょう、4年生の授業、なんとか咳きこまないで、途中で忘れないで(笑)終わって、ほっとしているところ。 
あ、あしたも明後日もしあさってもごあさっても六あさってもおはなし会があるぅ👹

いつまでも若いときと同じ体力やと思うてたらあかんなあと、反省した出来事だった。
おはなしを語るのは好きだと思っていたが、ストレスにもなっていることにも気づいた出来事だった。
きょう、ひさしぶりに新しい話を再話したら、めちゃくちゃ楽しかった。
はい、わたしは、机の前でだれにもあわずにこそこそ作業するのが、いちばん性に合っているのです。
 
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