日別アーカイブ: 2020年3月17日

空想物語が必要なこと🤴👸

『瀬田貞二 子どもの本評論集 児童文学論 上』の報告は、まだまだ続くよ~

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第2章ファンタジー
その2空想物語が必要なこと  1958年発表

このころ、まだファンタジーっていうジャンルというか、名前が市民権を得ていなかったんですね。
それで、まず、ファンタジーを定義しています。

童話=空想物語=ファンタジー
でも、昔話を童話といった時代もあったから、ややっこしいのね。

それで、簡単にいえば、現実の生活とは関係なく、筆者が独自の別世界を作って、それによって現実をかえってはっきり見せるという創作方法のこと。
リリアン・H・スミスの言葉を借りれば、「非現実のなかの現実、信憑しがたい世界の信憑性の雰囲気に」いきている作品ということね。
たとえば、『不思議の国のアリス』
常識を破ったナンセンスの世界なんだけど、真実があって、それが表面には表れていないだけ。

そんな空想の世界に入るには特別な能力が必要だと瀬田先生はおっしゃいます。
平凡な生活をして、平凡な考え方に慣れている者には見ることのできない深いものを、ファンタジー作者は見えるようにしてくれる。
でも、それは誰でもができるものではないというのです。

『たのしい川べ』(ケネス・グレアム作/石井桃子訳)のネズミとモグラがパンの神に出会う場面をひいて、瀬田先生はこう言います。

新鮮な想像力と驚異の念とがなければ、空想物語の世界も始まらないし、その世界をひらくこともできない。それは大人には特別な能力であるが、子どもには(本来的に子どもである場合に)なんら特別な能力ではない。

そして、「経験生活をはるかに超えて、普遍の真実をひらいてみせる主人公たち」として、次のような作品を例に挙げています。

『ホビットの冒険』トールキン
『灰色の小人たちと川の冒険』B・B
『ムルガーのはるかな旅』デ・ラ・メア
『ミス・ヒッコリーと森のなかまたち』ベイリー
『クマのプーさん』A・A・ミルン
『風にのってきたメアリー・ポピンズ』トラヴァース
『床下の小人たち』ノートン
『ドリトル先生』ロフティング

さて、そんな空想物語は、子どもにとって、人間にとって必要なものだと、論が展開されます。

サン・テグジュペリの『星の王子さま』のなかのキツネの言葉を引用しています。

「秘密を教えてあげるよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは目には見えないんだよ」

また、エーリッヒ・ケストナーの言葉を引いて、
子どもの知性は学校で伸ばせるし、子どもの体はスポーツで鍛えることができるけれど、子どもの第3の力「想像力」は、ほったらかしだ。だから、大人は想像力を涸らしてしまい人間社会におそろしい欠陥が生じたといいます。そして、想像力は子どもたちはみな持っているのに、大人で想像力を持っているのは、芸術家と発明家と庭師だけだと、ケストナーは言います。

ファンタジーは、子どもの想像力を養う上で不可欠だというのが、瀬田先生の考えです。
そして、想像力によって、人は、他人の意見をよく聞く寛容性を持つ。他者を生き生きと全面的に受け入れる。人間的な共感を抱く。

そう考えると、非常識でナンセンスに見える空想の世界に遊び、真実をつかむことのできる人間たちの作った現実は、きっと平和で愉快なものなのだと思えます。
そしてそれは、子どもの時にこそ養われなければならないのです。

みなさん、子どもと一緒にファンタジーを楽しみましょう!