さてさて、きょうで第6章が終わります。
前回、ひとりぼっちで孤立しているからこそ、本質的なものに到達できる、それは、人生の真実であって、たんなる願望や希望ではない、ということでしたね。
それを信じていれば、たいていのことは乗り越えられる、その勇気を与えられると思います。
だから、わたしは、子どもたちに昔話を語りたいのです。子どもたちこそが昔話を必要としていると思うのです。
みなさん、お話を覚えるのって大変だけど、この暑さの中で練習するのも大変だけど、語りの場を見つけるのも大変だけど、かしこく、がんばろ~
はい、リュティさんです。
この章のまとめの部分。
偽の花嫁の話、けもの婿(息子)の話を見てきて、共通する大きなテーマは外見と実際です。
がちょう番の娘の外見の中に、お姫さまが隠れています。白クマの毛皮の中に王さまが隠れています。
象徴としてです。
この外見と実際っていうテーマは、ほかのあらゆる昔話を貫いていると、リュティさんは言います。
この大テーマに悪は善に至りうるという比較的小さなテーマが組み込まれています。
苦しみは、幸せに至るための道の起伏にすぎません。
もうひとつの小テーマは、悪の自滅です。
もうひとつ小テーマがあります。人間は役の担い手であるということです。
王女が女中の役を演じる・女中は花嫁の役を横取りする・王子はけものの役を演じるなどなど。
この章で考察した話たちは、リュティさんの言葉によると、心を王者のように発展させ、高き存在に至らしめるよう呼びかけているのである。
わたしは、これを自分事としてとらえたいです。文字を持たない庶民が伝えてきたのは、ストーリーの背後にある自尊の心、人としての誇りなのです。
そして、それを、今を生きる子どもたちに伝えたいo(*°▽°*)o
ところで、マックス・リュティ『昔話の解釈』とは別に、異類との結婚の話、つまり異類婚姻譚(いるいこんいんたん)について、参考になる本を紹介します。
『昔話のコスモロジー~ひとと動物との婚姻譚』小澤俊夫著/講談社学術文庫
これは、小澤俊夫先生が、日本と世界の異類婚姻譚を比較研究された本です。考え方の基本はリュティさんと変わりません。ただ、ほんとにたくさんの昔話を比較して詳しく説明してあるので、とっても興味深いです。
ちょっと文明論のようでもあります。
ぜひ読んでみてくださいね。
え?ここで報告?
いやいや、自分で読んでおくれ(笑)
次回は第7章昔話に登場する人と物です。
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きのうのおはなしひろばはインドの昔話「村のおばあさん」
心があたたかくなるお話(o゜▽゜)o☆