『荒野にヒバリをさがして』
アンソニー・マゴーワン作/野口絵美訳/徳間書店2022年
「なにか、話をして」
一つ違いの兄ケニーは、いつもおれ(ニッキー)にお話をせがみます。
ケニーは、支援学校に通うようになってからはずいぶん落ち着いてきましたが、ニッキーは、物心ついた時からケニーを守らなければと思って生きてきました。
復活祭の休みで退屈していたニッキーとケニーは、気晴らしにハイキングに出かけます。
イギリスのノース・ヨークシャーにある国立公園の荒野は、父が、ぜひ行ってみる価値がある、ヒバリが鳴いていると言ったからです。
ところが途中で天候が悪化して、吹雪のなか、道に迷ってしまいます。
おれたちは、「愛してる」なんて言葉を口にしない。気持ちを表すには、こうやってうでがふれあうほどそばにいるだけだ。でなきゃ、ソファーに並んで座ってテレビを見るとか、コーンフレークを食べながら冗談を言いあうとか。父さんなら、大きな荒れた手でおれたちの頭をなで、「よーし、バカな小僧ども、ピザでも注文するか」とか言うところだ。
ケニーを気遣いながら吹雪の中を寒さに凍えながら歩いていきますが、ニッキーは崖から墜落して足の骨を折って動けなくなります。
ケニーに救助を呼びに行かせますが、むしろそれでケニーが命を落とすかもしれない。
ニッキーは、ひとりになると猛烈な痛みと寒さと飢えのなかで、恐怖と怒りの叫び声をあげます。
おれは、今感じている分だけではなく、今までの人生でいやなことがあるたびに感じてきた痛みや恐怖のすべてを、さけび声の中に注ぎこんだ。母さんにすてられたこと、父さんの生活が乱れていったこと、おれがケニーの面倒を見なければならなかったこと。腹をすかせて学校に行ったこと・・・家に少ししかパンがないときは、ケニーだけに食べさせた。自分がしていることはまちがっていないと思っていたけれど、腹はへった。お湯がでなかったので、体も洗わず学校に行き、だれもとなりの席に座ってくれなかったこと。
おそらくその年齢では背負いきれないものを背負っていたのですが、それでも、父を愛していたし、父も父の新しいパートナーも愛してくれたし、もうすぐ母親と会う約束もある。
もうろうとした意識の中で、ニッキーは、ヒバリが青空高く飛び上がるのを見ます。
地球の重力からもときはなたれ、そしてとつぜん、なんの努力もいらなくなったかのようにかるがると舞い上がる。
その時、ニッキーは目覚めます。そして、ヒバリはただのヒバリではなく「魂」だった、おれはひとりぼっちだ、美しいものはもうこの世には存在しないとさとります。
兄弟と一緒にハイキングに行った犬のティナも重要な役割を果たします。
それから40年後、ケニーの臨終のとき、ニッキーは、あの時ついた嘘をケニーに告白します。ケニーは最後に言います。
「なにか、話をして」
作者アンソニー・マゴーワンは、1965年マンチェスター生まれの作家。大人向けの小説からヤングアダルト、ノンフィクションと幅広く活躍しています。
『荒野にヒバリをさがして』は、2020年カーネギー賞受賞作。