「勉強会」カテゴリーアーカイブ

最終講義 ねずの木を読む

ババ・ヤガーでは、ふだんの勉強会のほかに、講義形式の勉強会を単発でいろいろやってきました。
「いばら姫」や「三匹の子ブタ」などの昔話の語法のほかにも、「金の鳥」の類話・再話の比較、「ジャックと豆の木」の再話比較、「手なし娘」の類話比較など・・・ほかにもあったと思うけど覚えてない╰(*°▽°*)╯

子どもたちに昔話を語っていると、各話の底に共通して流れている何かがあるって思ったのが、昔話を調べるきっかけです。
それで、好奇心にひっぱられて、調べ始めたら、まあ!おもしろいこと!
子どもがこの部分でああ反応したのは、これがあったからか!とか、目からうろこでした。
それで、子どもに語るには、昔話を知る(ために調べる)ことが重要だと思うに至ったわけです。

そこで、私自身が興味を持って調べたり考えたりしたことを、語り手の皆さんと共有するために、単発で勉強会をひらいてきたわけね。
参加者のみなさま、お付き合いくださってありがとうございました。
みなさまからの疑問や意見から啓発されることがいっぱいありました。楽しかったです。

現在も、知りたいこと、調べたいことが、じつはまだまだあります。
ひとつを知れば、疑問がふたつも三つも出て来ます。
やればやるほど、年をとればとるほど、好奇心はふくらむばかり。
人生の残り時間をみんなそれに費やしたいほど(笑)

わずかな子どもたちにお話を語り、あとは図書館にこもって調べ物をする。
たまには旅をして、おいしいものを楽しむ。
あああ~、理想の老後や!
そこにおはなしを酒の肴に談笑できる仲間がいたら最高やね(~ ̄▽ ̄)~

これからの人生を考えると、そうやって調べたことを講義する時間も体力もそんなに残っていません。
今回みたいに体調不良でドタキャンということも今後出てくるでしょう。
それに皆さんもお忙しいし。
いろいろ考えた結果、今回を最後にしようと決めました。

そんなこんなで、
10月22日の「『ねずの木』を読む」勉強会は、ババ・ヤガー最後の単発勉強会になります。
えらそうにいうと、最終講義やね。

この日は、グリム童話「ねずの木」を使って、
1,昔話の何に注目すればいいのか、その見つけ方
2,どんな資料を使ってどのように調べればよいのか
ということもお伝えしようと思います。
今後は、みなさんが自分で調べられるようにね。
子どもたちに「ねずの木」を語ることは皆さんあまりないと思いますが、方法を知れば他の話についても調べられます。
そして、なにより、私自身が「ねずの木」から見つけた昔話の底に流れている何かをほんのかけらだけど、お伝えできたらと考えています。

どうぞ、お誘いあわせのうえご参加くださいね。

自分のことばっかりわがままに書きました。
(あ、自分のブログやし、ええか~笑)

ああ、今日はええ秋日和や~

 

 

 

9月の語りクラス

残暑厳しい日々です、というより真夏の気温です。朝晩はかろうじて秋を感じる事が出来ますので、少しだけほっとしますね。

「小さなからす」 語りの森HP

「聖アントニウスの物語」 語りの森HP

「三つのオレンジ」『スペイン民話集』岩波書店 より再話

「金の髪」『おはなしのろうそく19』東京子ども図書館

「はす」 語りの森HP

「山伏とたぬき」『語りの森昔話集5』語りの森

「名人四人きょうだい」『おはなしのろうそく31』東京子ども図書館

この度、ヤンさんは休養中でしたので、みなさんで感じたことを話す会となりました。後半のおはなし三つは飛び入りの語りとなりました。すばらしい~!

テキストの言葉、語り方など、語り手の疑問点をあげてもらって話し合いました。やはり頼りになるのは語法です。語法を自分のものにしていく事で、語りも再話も納得して自分で決めていく、語法はそんな拠り所になっていくので、復習しないとな~と思いました。語り方については、後になって自分なりに振り返って考えています。語り手がとにかくテキストに時間をかけて向き合って分かっていくことかな?と。語り経験の豊富な方は、そこの時間は短くても到達点に近い語りができますよね。だから、語り方では、子どもたちはこうやって聞くだろうから、こんなふうに語ればいいかな…、ここ大事な場面だから、こんなふうに語れば伝わるかな、とかを考える。それで語ってみて子どもたちの反応で確かめる。違ったらそれに気づくように心がける。だから、同じ話を繰り返し、何年もかけて語っていく事で、軌道修正して磨きがかかってくるし、その手掛かりが他のはなしの語り方にも応用が効くようになるのでは?と推察します。いや、ヤンさんがいつも言っていることですね( ;∀;)今の自分の感じる事は、子どもとはズレがあるかもしれませんので、信用なりません。1回の語りの実践を、そういうところに意識をおくことで、「子どもたちに教えてもらう」貴重な時間なんだと改めて思いなおしました。まずは、語りがこなれる事、そこからがスタートなので、チャンスがあれば子供たちの前で何度も語ることを目指したいです。いずれは自分の定番のおはなしが自然と決まっていくんですかね~。そんなことも考えると楽しいです。入門クラス、初級クラス、中級クラスと歩みを進め、皆さん一緒の語りクラスとなり、語り仲間のそれぞれの段階をみんなで感じあい、影響を受け合っています。語りを聞かせてもらって、元気をもらって、癒され、生きる力をもらう時間です(^^♪

次回は11月12日㈫です。

プライベートレッスン🌀

台風が近づいてきているせいで、ずっと雨が降っています。
被害の出ているところもあります。
ゆっくりすすむ台風は怖いですね。
はやくおさまってくれますように。

昨日、8月のプライベートレッスンがありました。
語り
「ジャックとまめの木」『語りの森昔話集1おんちょろちょろ』語りの森
この話を語る人はわたしのまわりでもたくさんおられて、話も面白いし、語り手さんの個性が出てそれも面白い。
もちろん子どもたちも喜んで聞いてくれるし、好きなお話です。

ヤンさんのアドヴァイスは、〝見えるように語る〟
・接続語を入れると緊迫感が無くなる
・緊迫感を語りで表す
・緊迫感が出るように再話してある(きちんと語ればいいというテキストではない)
他の話であれば、特に物語性の強い話はきちんと語ることで聞き手に伝わりますが、「ジャックとまめの木」はハラハラドキドキする話です。
きちんと均等に同じ調子で語っていては緊迫感が出ませんから聞き手の「来るぞ、来るぞ!」という気持ちには対応できません。
わたしも練習するときに、どこを丁寧に語って、どこを早く語るのかなと考えながら、どうしたものかと思っていました。
その答えを、テキストを見ながら要所要所を指摘してもらってよくわかり、大変勉強になりました(*^_^*)
再話したのが講師のヤンさんなので、再話者だからこそ聞ける話を聞けてとてもよかったです。

プライベートレッスンは、ZOOMを使っているんですが、始まる前にアップデートされたんですよ。
そしたら、下のほうに表示されるアイコンの中にAIなんとかというのがあって…。
こわくてクリックできませんが、わたしにはよくわからないAIが、自分のテリトリーを犯してきたと感じました(笑)
ああ、ついていけない…。
使わなければいいんですけどね。
ではまた来月、どんな話を勉強できるのか楽しみにしております(^O^)/

ねずの木🌳

グリム童話の「ねずの木」
子どもには語ったことないんですけど。
かなりショッキングな話なので、ちゃんと伝えられるか自信がなくてね。
でも、わたしはふしぎと心ひかれるのです。

お母さんがぼくを殺し
お父さんがぼくを食べた
妹のマルレーンがぼくの骨を絹につつんで
ねずの木の下に置いた

「ねずの木」は、『グリム童話集」の初版から入ってるんですね。
残酷だと批判された話は、グリムさんは削除したりほかの話と入れ替えたりしているのに、「ねずの木」は、ちゃんとそのまま入れている。

なんでかな?

グリムさん自身は、口伝えの話の理想形だって考えていたらしいんだけど。

それにしても、みんなから批判されなかったのかな?
こんなんひどい話や!って。
当時の人たちは、この話をどう受け止めてたんやろか?

と、好奇心に突き動かされて、調べました╰(*°▽°*)╯

昔話には類話ってもんがある。類話が広く伝わっていれば、それは人気がある証拠やね。「ねずの木」はどうやろか?
・・・・あるある!
いっぱいある!
しかも歌だけ独立して伝わってたりする!
日本にも、類話じゃないけど、お母さんに殺されて、鳥に生まれ変わって、殺人を暴露する歌を歌う話、全国にいっぱいある!

なんで、なんで?

主人公は殺されて骨になり、妹の愛によって生まれ変わる。
生まれ変わる?
調べていったら、古代エジプト神話にまで行きついたのよ。

おもしろい!

ブログでは書ききれないです。
今月27日の勉強会にぜひ、来てください。
暑いけど。
詳細はこちら⇒

「ねずの木」だけじゃなくて、時間があれば、奈良の民話「ホトトギスのきょうだい」も語るので、聞いてね。

 

 

 

ヘンゼルとグレーテルの語法その後その1👦👧

子どもたちに人気のグリム童話「ヘンゼルとグレーテル」
先日の勉強会のあと、参加者のみなさんから感想をいただきました。
人の数だけ語りがあるわけですが、勉強会で受け取ったことも、おひとりおひとりが違っています。
その違うところが、興味深いし、とっても大事だと思うので、いつもここにご紹介する次第でございます。

では、いってみよー

Uさん
この度も、深い学びの時間をいただきありがとうございました。
結論は「自分を拠り所にする」ということですね!
広く読まれるメルヒェンとして、グリム童話が今も残っているという事は、グリム兄弟の編纂のおかげなんだなとも思われました。その時代の人々に受け入れられることを拒んだら、誰にも好まれず、なくなっていたかもしれません。
エーレンベルク稿が本来の語りのテキストなのですが、それから200年以上の時を経た人類の精神的な在り方が全く違うものになっているので、その限られた言葉の中で、当時の聞き手が受け取っていた同質のものを、今の私たちが受け取ることは不可能なんだと思います。現代人に合った言葉に変えたり、付け加えたりするための再話のヒントが昔話の語法にあるのだという事が、深く納得できたように思います。人類にとって普遍的な大事な事を、再話の力で繋いでいく可能性を見出せるのだと思います。
また、語法の勉強と共に、2版と7版の比較をして頂いたことで、言葉による表現の違いで、受け取るものが大きく変わってくることも感じる事が出来ました。特に人物の心情描写は聞き手の感情を引っ張ります。悲しい、腹立たしい、嬉しい、そういう感情は、聞き手の中で自然と想起されることが、聞き手の自由なんだと言っていただいて、その通りだなと改めて思いました。聞き手の情操を育てる。それに適ったテキスト選びや再話が、とても大事なことだなと思いました。自分の好みを捨てよということではなくて、語法を知ったうえで、自分の感性や直観で選ぶおはなしを大事に語っていこうと思いました。

Sさん
まずは、語法の勉強会、ありがとうございました!
このお話には、あまり多くの語法が入っていないという事もあり、むしろ後半お話に出てきた、2版と7版の違いについての研究発表のように受け止めました。どちらにしても大変興味深く聞かせていただきました。
お話を当たり前のように「聞いて伝える」時代から、お話は「読むもの」として定着していく時代の流れの中、グリム兄弟も読み手の要求に合わせて文章に手を入れて行かざるを得なかったのだろうと推察します。しかしながら、何度も手を入れながらも、昔話そのものが持つ大切な事は決して損なっていないところはさすがと言えると思います。
「聞く事」と「読む事」の違いを改めて考えました。お話を聞く機会のないまま大人になった人が、語り聞かせを体験して「絵が見えた!」と目を輝かせる姿を何度か見せてもらいました。
自分の新たな能力に開眼する瞬間!その聞き手の能力を引き出す、つまりお話の中に聞き手をいざなうには
・語法にのっとったテキスト
・語法を理解した上での、語り手のお話への解釈
・語るに至るまでの積み重ねの時間
が必要なのですね。
人と人が作り出す事ができる、真に豊かな時間と言えますよね!

Eさん
「ヘンゼルとグレーテル」は、いちど3年生に語ったことがあるのですが、そのときは、整理されたテキストテキストを覚えたので、今回『語るためのグリム童話1』には余分な部分、特に登場人物の心理描写が多いと気づかされました。
今までの語法の勉強会と大きく違った点、2版と7版の比較、勉強になりました。(整理されたテキストがあるので、こんなふうに手を入れるんだと分かりました)
以前語ってた時の子どもたちの反応は満足のいくものではありませんでした。グレーテルが自分の力で魔女をやっつけ、そこから成長する姿はもっと元気よく語ればよかったと思いました。
来週、3年生のおはなし会に参加するので、今回の勉強会で学んだ事をふり返りながら、子どもたちといっしょに楽しみたいです。