「日記」カテゴリーアーカイブ

あさっての日曜日は💖

京都は今日は雨がふって、とっても寒くなりました。
あさって日曜日はいいお天気になるそうな。
ちょっとおでかけしませんか?

ヤンは、仲間たちといっしょに長倉洋海さんの「アフガニスタン山の学校支援の会」の活動報告を聞きに行きます。
報告会については以下の通り。ちらしから抜粋しますね~

日時:3月18日(日) 13:30 受付開始
13:50-15:10 活動報告
長倉代表よりスライドをお見せしながら、子どもたちの学校や村での生活を通して、14年間の活動と子どもたちの夢や現在をお伝えします
15:20-16:10 ビデオ映像「山の学校の記録」&質疑応答
場 所:京都教育文化センター 101号室 京都府京都市左京区聖護院川原町4-13
 JR京都駅からJR奈良線で東福寺駅下車 京阪電車乗り換え神宮丸太町駅下車 5番出口より徒歩3分
 JR京都駅から市営地下鉄 丸太町駅下車 市バス 202・204・65・93系統で丸太町京阪前下車 徒歩5分
 阪急電車 四条河原町駅下車 市バス 201・31・203系統で熊野神社前下車 徒歩5分
参加費:1000円
お申込みは不要です みなさまのご参加をお待ちしております!

去年9月にETV特集で、「マスードと写真家長倉洋海の夢」っていうのがあったのです。
ヤンはビデオで見たんだけどね、子どもたちが学用品を手にしてとっても嬉しそうなの。
あのわずかな寄付金が、この子の笑顔になったと思ったら、涙が出た。

自分がこの支援の会をどうやって見つけたのか、毎年3000円の寄付をどうして続けたのか、よくわからないのです。
あれ? 5000円だったかな? それさえあいまい。

たぶん、同時多発テロの後、アメリカが報復をした。そのときに、はじめてアフガニスタンについて考え始めたと思うのです。
ペシャワール会の中村哲さんの講演も聞きに行ったし、テロや中東の戦争記事が目に留まるようになった。
たとえば、空爆(ときには誤爆)で、200人がなくなったという記事。
わが子が死んだら、私を含め何人の心が深い傷を負うだろう。1でも200でも、数では表せない命やないか。
そんな憤りとか、ほな、私は何をしたらええのんか、その無力感とか。
それが理由かもしれません。

わたしは、日々、ボランティアで子どもたちと共にいて、ひとりひとりの笑顔をどんなに求めているか。
同じ地球の上で、アフガニスタンのあの子たちの笑顔と私を、支援の会はつないでくれているんだと、ビデオを見てとっても嬉しかった。

で、行ってきます。
感謝をこめて!

みなさまもよろしかったらどうぞ。
グッズ販売もあるんだって。

近くには京都の見どころがいっぱいですよ~

明治のイクメン👨

講談社学術文庫に『イザベラ・バードの日本紀行』ってのがあってね。けっこうおもしろくて好きなのです。
イザベラ・バードはイギリスの大旅行家。
体調がよくないから療養のつもりで日本を旅しようと思ったんだって。
1878年っていうから140年前のことです。徳川幕府がたおれてたった10年後。
なんて勇気のある女性なんでしょう。通訳はつけていますが、ほとんどひとり旅だよ。
結局、療養どころかたいへんな旅だったんだけど、見聞を書き残してくれています。

でね、この紀行文が当時の日本をすべて表しているとは限らないけどね、子どもや親についての観察が興味深い。
日光を旅したときのこんな記述があるの。
夕方ね、「男たちが帰ってくると、活気が少々増します。お風呂で威勢よくお湯を使うばしゃっという音が聞こえ、そのあと男たちは幼い子供たちの遊び相手をします。・・・子供たちは両親といっしょに遅くまで起きており、おとなの会話にもすべて加わります。」
ううむ。昔話も語られたのかなあ。
「これほど自分の子供たちをかわいがる人々を見たことはありません。だっこやおんぶをしたり、手をつないで歩いたり、ゲームをやっているのを眺めたり、いっしょにやったり、しょっちゅうおもちゃを与えたり、遠足やお祭りに連れていったり、子供たちがいなくては気がすまず、また他人の子供に対してもそれ相応にかわいがり、世話を焼きます。父親も母親も子供を自慢にしています。」
ふうん。当時のイギリスではそうではなかったんだ。あ、いや、世界を旅行した人だから、これって、日本独特の風景だったんだ。
このあたりの描写は、現代日本と似ているよね。ここまで濃くないかもしれないけど。でも、つぎの描写にはびっくりした。
「毎朝6時に12人から14人の男が低い塀に腰をかけ、2歳以下の子供を抱いてあやしたり遊んでやったりして、その子の発育のよさと利口さを見せびらかしているのを見るのはとても愉快です。・・・この朝の集いの主な話題は子供のことのようです。」
父親が出勤前に子守をしてる! イクメン!
男も女も子どもをかわいがったんやなあ。

そして、子どもについての観察です。
「とても素直で言うことをよく聞き、両親の手伝いをよくし、自分より年少の子供たちの面倒をみます。それに、わたしは遊んでいるときの子供たちをずいぶん見ましたが、怒っていることばを耳にしたことはおろか、不機嫌な顔をしているのを見たことすら、一度もありません。」
いいなあ、いいなあ。
いじめなんてありえない。
でね、これは、おとなが子どもをだいじにするからじゃないかなと思うの。

災害があったり、飢饉があったりしたら、こんな平和な光景ではないんだろうけど。
でも厳しい時代だからこそ、肉親の愛が必要だったんじゃないかなとか、いろいろ考えてしまいます。

『イザベラ・バードの日本紀行』いちど読んでみてください。

いつもいつもは・・・😿

小学校のお話会。
2、3年生といえばギャングエイジでもあるのですが。
スーパーでも顔を合わせるおなじみさんで、ずいぶん聞きなれてもきています。
それでも、クラスによっては、「え?なんでこの子が❓」というようなやんちゃをする子がいます。
シンデレラの振り子が降れているのでしょう。思い切り悪い子ちゃんになる子がいます。
担任の先生に反抗しているのです。

先日は、直前にすったもんだがあったようで、なかなかおはなしの部屋にやってきません。
予定より5分以上過ぎて、やっとそろったかと思うと、数人が、すわらないでうろうろしたり叫んだりし始めました。
先生が注意すると余計にヒートアップします。
他の子たち、ほとんどの子はお話を聞きたくて、困った顔をしています。

おはなしおばさんとしては、できるだけ先生の指導の邪魔をしてはいけないと思うので、しばらく様子を見ます。
が、ギャングたちはいうことを聞きません。
そのうち、みんなが「ほっといておはなしして」「早く始めよ」などいいはじめると、「ほな」と、おもむろに始めます。
なぜか、ギャングたちは、一瞬静かになって耳をそばだてます。
さあ、ここからが勝負です❢

ちょっとでも邪魔をしようものなら、「これ!おはなしいうもんは、始めが大事やねんで!」とか、「まず設定がわからんかったら、どうしようもないやろ!」とか言って、黙らせます。
「もっかいいうから、聞きや。あるとこに王さまがおって息子が七人おったんや。ええか!?」
それでも、なんやかんや質問して、参加型にしようともくろむギャングがおる。
それにちょっと答えてやるふりをしながら、「めんどくさいなあ。ストーリー続けてええか?」ときくと、たいていのギャングは、実はお話を聞きたいので、「ええで」とえらそうに言って静まります。

ふつう、あとは何の問題もなく聞くはずなのですが、たいていここで先生の邪魔が入ります。
きちんと三角座りをして聞きなさい、というわけで、後ろから、横から、ごそごそと入ってきて注意をされるわけです。
いいのです。どんなかっこうをしていようが。ひとりだけ離れて座っていようが。
ギャングの目を見てごらん。どんなに輝いているか。集中して聞いているのです。

一番前のまんなかで寝転んで聞きはじめたひとりのギャング。
ヤンは心の中で「こいつを座らせてやろう」と一点集中で語ります。そやのに先生が後ろからはいよってきて「座りなさい」とささやきながら手を引っぱらはるのです。子どもはふり払って抵抗します。
あなたなら、どうしますか? 語れますか? 最前列の中央ですよ(笑)
あ~あ。ギャングの勝ち。先生引っ込む。
二回目、こんどは私が先生に「いいですから、そのままにしといてください」と、退散してもらいます。
もちろん先生のお気持ちはよくわかります。
でもね、大丈夫なのです。その子は、結局寝ころんだままでしたが、じっと私を見つめて目をそらさず最後まで聞きました。

さんざん邪魔が入っても、子どもたちは「ああおもしろかった」と満足してくれます。
そんな力が子どもにはあるし、それが昔話の力なのだと、ヤンは信じて語ります。
ギャングエイジの時期はいつまでも続くわけではないことを、ヤンばあちゃんは知っています。
今のその子たちにとって必要だと考えて選んだ話を語る。考え抜いたという自信もあります。

先生も一生懸命だし、親も一生懸命。かつてはヤンもそうでした。
でも、一生懸命だから見えないものもあると、今では思います。
同時に、その一生懸命な思いは、確実に子どもに伝わっています。
先生、地域の年寄りとして、応援していますよ~

2月のがらがらどん 🐧

毎月楽しいがらがらどん例会。
気の向いた人がふらっと来てくださって、すてきなお話を聞かせてくださいます。

きょうのおはなし
「ものいうたまご」 『アメリカの昔話』渡辺茂男編訳/偕成社
「リヌスとシグニ」 『子どもに語る北欧の昔話』こぐま社
「はなたれこぞうさま」 『子どもに語る日本の昔話』こぐま社
「メケー・ドマ」 『語りの森昔話集1おんちょろちょろ』村上再話
「お百姓ときつね」 『ハンガリー民話集』岩波文庫より再話クラス再話
「アナンシと五」 『子どもに聞かせる世界の民話』矢崎源九郎編/実業之日本社

『アメリカの昔話』は絶版。惜しい本です。「つれていって」「つれていかないで」と口々に卵が声をかけるのが印象的です。
「リヌスとシグニ」はアイスランドの昔話。ベッドに書かれているルーン文字まではっきり見えるような語りでした。
「はなたれこぞうさま」は、ヤンも大好きなおはなしです。なぜたきぎを川に流すのか、つぎの日売ればいいのにとか、いやあれはお供えだとか、話が弾みました。
「メケー・ドマ」、語ってくださってありがとう。あっけらかんと元気はつらつのドマを語ってくださいね~
「お百姓ときつね」、さすが原話を提出した本人の語り。もう彼女のユーモア全開。おかしくておかしくて。
「アナンシと五」はヤンが語りました。鳩の奥さんは4までしか数えられないのよ~
でね、昔話の語法で説明するとね、まずは三回のくりかえし。昔話の固定性・音楽性。テキストは「同じ場面は同じ言葉でくりかえす」ように整えなくっちゃ。
やって来たのはアヒル→うさぎ→はとと、順番に小さくなっている。デクレッシェンドね。(聞き手の危機感はクレッシェンドしてるけど)これ、昔話の抽象性。
そして、一番小さな存在が悪をやっつける。鳩の奥さんは三匹のうちで一番小さいだけでなく愚かなの。つまり昔話の主人公ね。だからアナンシに勝てたのです。

いつのまにががらがらどん例会は勉強会ではなくなり、心から素でお話を楽しむ会になりました。
完成させて来てくださるかた。練習台に来てくださるかた。まだ覚えている途中だけど来てくださるかた。
お友達を連れてきてくださるかた。
出会い、再会。大切なのは人との出会い。

今回は、長倉洋海さんの本の紹介と、ETVのアフガニスタン山の学校のビデオも観ました。
長倉さんについてはまた改めて書きますね。

ほな。

語りの森のオリンピック⛷⛸?

たま~にね、ホームページのアクセス解析で国別ってのをのぞくんだけどね。
いままで、多くて月に3~4か国の人が迷い込んでこられているのね。
ところが、今見たらなんと!
アメリカ、中国、フランス、オランダ、ロシア、ドイツ、ブラジル、インド、イタリア、ポーランド、オーストラリア、イスラエル、韓国、スウェーデン。
14か国だよ。
あと、不明っていうのが6カ所。
アメリカと中国のかたは、中身をじっくり見てくださっている。あとのかたはチラ見だけどね。
うれしいな。
どなたか、HPの英語版作ってくださいませんか~笑