日別アーカイブ: 2019年11月10日

児童文学を読む会⚔

11月の最初の金曜日は、児童文学を読む会でした。
この『児童文学論』(リリアン・H・スミス 岩波書店)を読む勉強会で今までいろいろなジャンルの児童文学を読み込んできましたが、今回はいよいよ、ついに、待ちに待ったわたしの好きなジャンル、11章歴史小説でした。
わたしは歴史小説好きなので、出番が来たつもりで(笑)、できるだけ本章にある本を読んで当日を迎えました!
ストーリー、ファンタジーの章も、お勉強はためになるし楽しいのですが、落ちこぼれました_| ̄|○
次回までにできるだけたくさんの本を読もうという目標をほぼ達成せずに当日を迎えておりましたが、今回は意欲が違いました(笑)

『児童文学論』の11章の中から、抜粋いたします。
〝歴史小説という場合、作家はまず語るべきストーリーをもっている。そして、歴史という布地に、ストーリーは織物のたて糸のように織りこまれていなければならない。〟
〝想像力と史料と筆力の結合したものが、その作品のできばえである。〟
〝過去の生活を復元し、現在とは違う時代の雰囲気、味わいをとらえていなければならない。〟
〝作者が、ある時代に特有な状況や問題を十分に知りつくして、その時代のなかで自由に行動できるほどそこに没頭し、かれの人物をそうした条件のもとに生まれた時代の子として、同情と理解の目をもって見る時、はじめて第一級の歴史小説がうまれる。〟

全くその通りですね。
ほんとにねえ、ちょんまげゆって、刀を差してたら時代劇だと思ってたら大きな間違いだと、時代劇ファンとしては常々思っておりました。
ちょっと違うと思われるかもしれませんが、今回はわたしの歴史小説愛とともに時代小説愛と時代劇愛も炸裂してるので何卒お許しください<(_ _)>

『さらわれたディヴィド』(ロバート・ルイス・スティーヴンソン)にしても、『銀のうでのオットー』(ハワード・パイル)にしても、主人公の少年は平穏に暮らしていた生活が一変して苦難の道に変わってしまいます。
変りかたが、なるほど、この時代はそうだったのねというのがよくわかるんです。
前者は騙されて船に乗せられ奴隷として売られる運命、後者は預けられていた僧院から急に盗賊まがいの実父のところに引き戻されて敵がたにさらわれます。
いまならば、警察が逆探知したり、道路を封鎖したりしてくれて一大捜査網を敷いてくれますが、この時代はとにかく運と自力です。
福祉制度も今と全然違いますから、親がいなくなった時は遠く離れた知らない親せきを手紙ひとつを頼りに探し当てなければなりません。
物語の時代背景が、その時代を知らなくてもよくわかる文章、そして、主人公の心細さ不安、勇気の入り混じった感情のうずを同時に感じることのできる素晴らしくワクワクする本でございます。
とにかく、主人公はとんでもなく困難な命にかかわる状況から脱出しないといけませんね。
生きるためになんとか進まないといけないんです。
さあ、どうやって、どんなふうに知恵と体力を使ってサバイバルするんでしょうか!
どんな人が、主人公を助けてくれるのかも大きな問題です。
ただ、いい人、優しい人とかではなくて、助けてくれる人にもその時代ならと納得するような理由や役割を担っていたりします。
歴史の授業では全く分からない、外国の昔の人たちの生活がありありと見えるように読み進めるごとに入ってまいります。

そして、歴史小説の中では騎士がたくさん主人公になってます。
わたしは、騎士についての知識はありませんでしたが、数冊読んだだけで、もうとってもわかった気になっております(笑)
『ナイジェル卿』(コナン・ドイル)、『アイヴァンホー』(サー・ウォルター・スコット)は、主人公が騎士です。
普段の服装、戦うときの鎧はどんな装束かからはじまり、知らないことばかりでしたが、手を抜かずに書いてくれていることで全く知らない騎士というものが鮮明にイメージできました。
本の内容は長くなるので書けませんが、ストーリーとはまた別にわたしが惹かれるのは、騎士のいる時代は馬が大変重要です。
昔話の馬方は、もちろん馬を大事にしましたが、騎士にとっても馬はどれだけ強い馬を手に入れられるかが重要でした。
馬がつかれてきたから休憩させなければならないとか、たいへん急いで目的地に行かなければならないときは馬が走れなくなるまで乗りつぶして、また新しい馬を調達して目的地まで急いで行くとか、倒した相手の馬をもらって帰って行くとか、そういう場面がしょっちゅう出てきます。
また、僧侶と騎士の違いってなに?と思うほど、聖職者が=軍人なんですよね。
あるいは、聖職者が高位の政治家で、なおかつ軍隊を持っているとか、もう、戦うお坊さんがたくさん出てきます。
だから、キリスト教がこの時代の人たちのひとつの宗派ではなくて、政治的な意味があり、人びとを支配していたのだという様子が感じ取れました。。
昔話の中にも、神さまが出て来る話がたくさんありますし、そちらではおもに信仰というものを感じ取れると思います。
歴史小説とはそのへんが、違うように思いまして、それぞれに面白いなあと思いました。
かつてはるか昔の歴史の時間に自分はなにを聞いていたのかと思わないでもないですが、歴史小説を読みながらこんなにおもしろかったんだと改めて思いました。

残念なのは、11章に出てくる本のなかで、日本語訳が手に入らないものが何冊もあることです。
でも、検索しているうちにわかったのですが、A・デュマの『三銃士』ですが、これは三部作で『三銃士』のあとに二部ありますが、三部の全訳が復刊ドットコムで出ております!!
わたしは今、第二部の途中を読んでおりますが、まあなんとデュマという人は話を作るのがうまいこと!
二時間ドラマと大河ドラマのいいとこだけを取ったような面白さとスピード感!
家事をしないでずっと読んでいたいくらいです。

長くなってすいません<(_ _)>
今回は、P343の終わりまで進み、次回は歴史小説の残りとまだ読んでいない章をします。
宿題は今まで同様、本章に出て来る歴史小説を読んでくることと、出来たらそれに派生する歴史小説も読んできましょう、です。
児童文学を読む勉強会も次回で最後です。
みなさん、次回も頑張りましょう(^o^)/