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語りの森を作った魔女

日本昔話学会大会への道で💧

東西線大阪天満宮まで来たときだ。
メールが入った。
夫からだ。
「濡れ足のせいで、洗面所でこけた。いたい!」
およよよよ~
すぐに返信
「帰ろうか?」
返事が来ない。
意識がないのか?
いや、いつものごとくメールに手間取っているのか?
北新地に着いた。電車から降りてすぐに電話。出た。
わたし「帰ろか? 救急車呼ぼか?」
夫「救急車呼ぶんやったら自分で呼ぶわ」
わたし「けど、意識が無かったら?」
夫「あるさかい、電話に出てる」
わたし「・・・」

わたし「心配するやんか」
夫「心配せんように、メールしといたんや」
わたし「・・・?」

わたし「ほな、このまま学会行ってもええねんな?」
夫「行ってらっしゃーい」

学会での語りは、めちゃめちゃ緊張したけど、このやりとりがあったから、ちょっとはましやったかも(笑)
おとなばかりの語りの会はあまり慣れてない、というか、子どもに語るのに慣れすぎててとっても違和感があるのですが、さすが今回は、昔話が好きな大人ばかり(あったりまえやー笑)なので、あたたかく聴いていただきました💖
語りの森の仲間たちも来てくださって、ありがと~

えへへ、筒井悦子さんと小一時間、ふたりきりでお話させてもらったよん(ルンルン)

成長する鉄のハンス 🌲

グリム童話の「鉄のハンス」は、息子が11歳のときに覚えました。
男の子が母親の枕の下から檻のカギを盗ってくる、そこから男の子の成長ストーリーが始まる。
鉄のハンスの父性に支えられながら、自分の力で成長を遂げ、幸せをつかむ。

息子のために覚えたので、プライベートにしか語っていませんでした。
あ、いちどだけ、サークルの勉強会に出したかな?
そのときはこぐま社の『子どもに語るグリムの昔話』で覚えたので、語るのに45分かかりました。

昨年、6年生に語ろうと、古ダンスの奥から引っ張り出してきました。
テキストは変えました。
小峰書店の『語るためのグリム童話』にさらに手を入れ、25分で語れるようにしました。

昨日と一昨日、6年生に合計4回、語りました。

たまたま、今反抗期だよ~!と、顔で宣言している男の子が何人かいました。
わたし(心の中で・・・やった~!)

「おまえはもうお父さんやお母さんには会えない」
「おまえはもうここにいることはできない。世の中へ出ていけ。だが、わたしはおまえが好きだ」
「困ったことがあれば・・・私がおまえを助けてやろう。わたしの力は大きいぞ。おまえが考えているよりずっと大きいのだ」
「おまえの願いは何だ」
鉄のハンスの言葉を、私の声で、その子たちに伝えました。
反抗心はどこへやら、子どもの心奥深くにある思いが、表情に現れていました。

結婚式で、みんなが幸せになったとき、ひとりの子が、「あれ? 鉄のハンスは?」とつぶやきました。
すごいね、まだ話は終わっていないって、ちゃんとわかったんやね。
そこへ、堂々とした王さまが大勢のお供を従えて入ってきたのです。
急に音楽がやんで、とびらというとびらが開くんですよ。すっごい演出! グリムさんに拍手👏
子ども「ハンスとちゃうやん・・・」
わたし「わたしは鉄のハンスだ。おまえが私を救ってくれたのだ」
子どもたち「ハンスや」「ハンスやった」

圧倒的な力で、少年を守ってくれたハンス。
そのハンスに、「おまえが私を救ってくれたのだ」といってもらえたときの、少年の自尊心の高まり。
こうして少年は真の成長を遂げるのです。
おとなは、親は、先生は、鉄のハンスのやり方で、子どもを育てるべきなのだと、深く感じました。

25分、子どもたちはしんと聴きました。
わたし「長かったねえ。みんなすごいねえ。とちゅうコマーシャルもなしでよく聴けたねえ」
子ども「(笑)25分やでぇ」

終わって片付けているとき、ずっとみんなから離れて座っていた反抗期男子が、いすをくるくる回しながらひとこと。
「鉄のハンス!」
わたし「おもしろかった?」
反抗期男子「うん!」

よかった、よかった。

何が正義なのか、何が愛なのか。
昔話を語るたび、子どもから教わります。
わたしのなかの「鉄のハンス」も成長します。

ああ~おもしろかった ❣

今日は図書館のお話会。
子ども2歳から8歳まで17人。おとな7人。

プログラム
「雌牛のブーコラ」 『北欧の昔話』(岩崎美術社)より村上再話 未公開
「ギーギードア」 『おはなしはたのしい』たなかやすこ
『どろだんご』 たなかよしゆき 福音館書店
『おふろだ おふろだ』 わたなべしげお 福音館書店
『バナナです』 川端誠 文化出版局

え? 何がおもしろかったって?
最近常連になった8歳の女の子がね、ああいえばこういうお年頃(笑)
「雌牛のブーコラ」は、男の子が主人公でね。で、つぎのおはなし「ギーギードア」も男の子が主人公でしょ。
わたし「トミーという名前の男の子がいました」
8歳女「また男の子~? 女の子の話がいい!!!」
わたし「・・・❣」
わたし「トミコちゃんという名前の女の子がいました」
みんな「わーわーわー」

「ねえ、トミコちゃん、あなたも大きくなったでしょ・・・」
「あたし、ちっともこわくない・・・」
どこまでいけるかやってみたら、案外いけてね。
一回だけ、「ぼく、ちっとも‥❣」ってやっちゃったら、
8歳女「女の子やのに、ぼくやって~」
わたし(くそっ)

とちゅうでひとりの男の子が、「あれ?これ、ギーギードアや」って。
あ~、トミーがトミコになったら、もう違う話と思ってたのね。

「トミコちゃんはぐっすり眠りましたとさ」

録音忘れたのが返す返すも残念。
こんなギーギードアは、二度とない(笑)
聞き手も語り手も、大笑いしましたとさ。
おしまい

親と先生とのあわいで 💭

小学校の図書館司書のかたがね、こういってくださったの。
「ここの子どもたちは、ずっとおはなしを聞いてるから、本が好き。
聞いて育っていない子どもたちとくらべると、想像力が、ぜんぜんちがいますね」
子どもに本を手渡す仕事のかたから言っていただいて、うれしかった。

そうなのです。
子どもがなかなか本好きにならないってことよく聞きます。
それに、絵本は好きでも、物語本にすんなり移行できるとは限らない、という実態もありますよね。
たいていの親や先生は、そこで頭を悩ませるのね。
絵本が好きなのは、もちろんうれしいことです。
でも人生、絵本の時代だけで終わってしまうのは寂しいよね。
じゃあ、挿絵の多い本を次のステップにできるかといえば、必ずしもそうではない。
やっぱりゾロリで終わる子はいっぱいいる。

あのね、「ことばー(音声)ー想像」の訓練をすれば、文字さえ読めるようになったら、「ことばー(文字)-想像」はとっても簡単なの。
ことばからダイレクトに想像する力が、お話を聞くことで育つのね。
それと、物語は面白いって知ることも、本好きに導いてくれる。

幼稚園の園長先生がおっしゃってました。
「お話を聞くって、想像力が育ちますよね。
わたしたちが、なぜお話会に来ていただくかっていえば、そのためなんですよ。
想像力は、他人を思いやる力ですからね。
思いやりの力を育てたいんです」

中学校でのことです。
わたし「ストーリーテリングは耳からの読書ね。耳で聞いて、しっかり想像してくださいね」
生徒たちの目がきらりんと光って、うんとうなずいた。
彼らは、よくわかっている。
だって、三歳からずっとお話を聞いてきてるんだもの。

ときどき、空を見ながら思うのです。
わたしはいま、子どものときからずっと好きだったことをしているだけ。
先生でもない、親でもない、そのあわいで。
人として、たいせつなことかなと思うのです。
地位も名誉もお金も、無縁だけれど。
うん。これって、きっと、いい人生なんだろうな。

四十肩かと、思うたのになあ (>_<)

きのうのことだ。
幼稚園でろうそくパッをしようとしたら、右腕が上がらない。
それでも笑顔を絶やさず始めた。終わった。
ろうそくウッ  もひとつウッ

何年もまえに四十肩をわずらった経験がある。
わ~い、還暦過ぎても四十肩あ~♪
近所の整形外科に行った。

わたし「四十肩と思うんですけど(ルン)」
先生「レントゲンではそのような老化は見られへんけどなあ」
わたし(ルン?)

結局細かい筋肉の炎症だって。
いろんな故障があるんやね。

先生「様子見ますか? 注射しましょか?」
わたし「あ、どっちでも、治してもらったらそんでいいです」
先生「ははは。自分で治りますか?」
わたし「あ、治りますか?」
先生「様子見ないと分かりません」

なんかようわからん会話の末、しっぷで治るか様子見になった。
わたし、この先生、好きやねん(笑)

が、ここまで打つのがせいいっぱい。
パソコン打つのをしばらく休んだほうがええのかも。