「日記」カテゴリーアーカイブ

ハンス=イェルク・ウター先生<講演会>

昔話の類話を調べるときに必要な分類番号と言えばATU番号。
ATU番号が分かったら、内容を調べるのには『国際昔話話型カタログ』が必要です。
その『国際昔話話型カタログ』を出されたウター先生の講演会がありました。
そうです、来日されたのです。
ATUの〝U〟は、ウター先生の〝U〟!
値段が高いので当然私は持っていませんが、雲の上の先生が間近で見られるというチャンスに、ミーハー気分で行ってきました。

講演会タイトルは<ヨーロッパの医療と口承文芸 ―霊薬、魔法、奇跡、精霊、護符>
講演は、ウター先生がドイツ語で話され、日本語の通訳が付きます。
ドイツ語→日本語→ドイツ語→日本語、の繰り返しです。
そして黒板には、ヨーロッパの昔の風刺画がたくさん映し出されていました。
残念ながら、わたしの耳が悪いのか、通訳の声が速くて、聞こえてはいるのですが語尾がよく聞こえなくて何を言っているのかよく分かりませんでした(´;ω;`)ウッ…
黒板の風刺画はとても面白く、だいたいわかる内容と合わせて見ていると、中世では医者という存在が〝あんまり信用するな〟という存在だったようです。
昔話に登場する医者は、無茶苦茶な治療をしているのにたまたま治ったとか、医者の処方を信じなかったからこそ治ったという落ちだったり、滑稽な話が多いです。
昔話では治療の過程ではなくて、摩訶不思議な治療に関心があり、薬草とかトラのミルクとかおおざっぱなこと、訳の分からないものを持ってきてうやむやのうちに治してしまう(笑)
医者が出てくる話にはそういう滑稽なものが多いですが、実際の医者がそうだったというよりは、そこには民意が反映しているようです。
中世の医者は法律家よりは低い位置にいましたが、それでもエリートとして社会的地位は高く、人々は言いたいことを昔話を借りて言っていたといえるでしょう。
……みたいなことを、ウター先生はお話ししてくださいました。

最初は70人定員だったけれども、問い合わせが多くて150人定員の教室に変更になっていました。
そりゃそうだろう、他の講演会は英語で通訳なしですから。
それなのに、その日本語が聞き取れなくてなんと残念な私のお耳…(´;ω;`)ウゥゥ
字幕を流してほしかった…わがままなお願いですいません。
でも、大方は分かりましたよ!
それにこれからも講演会を企画されるみたいです。
たぶん次は神話って書いてありました!
楽しみですねえ~、神話も~~
お願いします、待ってます~~

休日🍄

今年も蒜山高原に行ってきました。
年に一度は日常の何もかも忘れてぼ~~~~っとしに出掛けるのです。

まずはアルバムをどうぞ。

蒜山三座のうちの中蒜山。この稜線が好きなのです。

津黒高原の不動滝。このところの天候不順で水量が多いそうです。

鬼面台からの眺め。10月下旬になれば紅葉がすばらしいそうです。

鍵掛峠から望む大山。圧巻でした。

出ました、すいとん❣

今年は、櫛田孫一さんの説明文があったので、一部紹介しますね。
「・・・蒜山には古くから『粋呑』という怪物が住んでいた。(おお、粋呑と書くんや~)『粋呑』は人間が思ったことをすべて知っている。(おお、さとりとおんなじ能力があるんや)だからもし悪いことをたくらんだり他人に迷惑を掛けたりした者は、どこからともなくスイーと現れトンと一本足で立った『粋呑』にたちまち引き裂かれて食われてしまうという。(こわいなあ~~)だから蒜山には悪い人はいない。(なるほど~~💖

ほんとは4泊するつもりだったんだけど、台風が近づいて日本海側を通るというので、早めに帰ってきてしまいました😢😢😢
おまけに引きかけの風邪が本格化して、ぐすん ぐすん ごほん げほん 💧💧💧

野村敬子先生と米山薬師💗

『語りの森昔話集2ねむりねっこ』に山形県の昔話「米山薬師」を載せています。
野村純一先生の『笛吹き婿』(桜楓社、1968年)を読んでいたときに見つけた話です。
めっちゃ面白い! 語りたい! と思って再話しました。
でもね、山形弁のリズムが美しくってね。共通語にするのも、関西弁にするのも、なんだかはばかられて、かなり迷ったんですよ。
迷って、けっこう苦労して、やっぱりみんなに聞いてもらいたい、語ってもらいたいと思って、『ねむりねっこ』に載せました。
みなさん語ってくださってますか?

野村純一先生は鬼籍に入られているので、奥さまの敬子先生に、感謝をこめて『ねむりねっこ』一冊、謹呈しました。
そうしたら、お礼状をいただいて💖、分かったんだけど、なんと、「米山薬師」は敬子先生のお母さまが語られたお話だったのです。
そんな大切なお話を、わたしなんかが再話してしまって。思わず体がちぢこまってしまいました。
でも、先生は「美しい語り口で再話」してあるとお褒めくださって、ありがとうとまで書いてくださいました。
先生は、昔話の伝承をとても大切になさってて、きちんと批判もされるかたなので、とても嬉しかったです。

HPの《日常語》《おはなし入門》にも書いてるけど、あ、トップページにも書いてるけど、昔話は人から人へと愛をこめて伝えられた。だから、お話は語ってくれた人の愛につつまれている。聞き手(子ども)にとってはすごい宝物だよ。
その宝物を全くの他人が手を入れるならば、そのことをちゃんと肝に銘じて、覚悟を持ってやらないといけないって、いつも自分に言い聞かせてるの。
えっとね、私は愛を持って私の聞き手に伝えるのだ、という覚悟ね。
野村敬子先生との出会いは、私にとってはすごい宝物💎

でね、ぼ~っとネット検索してたら、敬子先生のことが書いてあったので、ちょっと古い記事だけど、読んでみてね。
ここから→「昔話を追いかけて」

「米山薬師」 語ってくださいね~

レクイエム 歌いました ⛪

きのう、コンサートの本番でした。
フェスティバルホールは大きかった~💖
でも、まさか、自分があのステージで歌うなんて、思いもよらなかったよ。
温かな大友直人さんの指揮と大フィルの音楽につつまれて、至福のときでした。

42年前に亡くなった父の部屋の隅に、フォーレのレクイエムのPLレコードがあったの。
自分の命が長くないことを知って、ひとりで聴いてたんだなと、後から知りました。
父への思いを込めて歌いました。
とっくに父親の年を越えていても、娘にとっては「おとうさん」です。ふしぎですね。

フォーレもデュルフレもヤンにとっては新しい曲だったので、練習はしんどかったし、本番まで自信がなかったんだけどね。
合宿は大雨で行けなかったし、直前の指揮者レッスンは台風で中止になるし。
仲間の声に(勝手にー笑)ささえられて、なんとか歌い終えました。あちこちまちがえたけど~

初めての合唱団だったけど、新しい仲間ができて、ほんとに楽しかった。
ヤンには大阪の水が合うってこともあるしね(笑)

くたくたになって、でも充実感いっぱいで帰ってきたら、北海道の地震の報道。
今朝の新聞の、信じられないような写真と、家族を失った人たちの悲痛な声に、胸えぐられる思いです。
昔は、天災は忘れたころにやって来るっていったけれど、いまは日常化してしまっています。
他人事ではなく、人間と自然の関わりをいやでも考えさせられてしまいます。

語りの森に、ネットで繋がってくださってる全国の方がたへ。
顔は見えないし声も聞けないけれど、それぞれの場所で、一生懸命生きようね。
日常を大切に生きようね。

また台風🌀

また強い台風が接近しています。
京都も、今年三度目の台風🌀
洪水、地震、台風とつぎつぎにやって来ます。しかも雨が降るとすごい雷⚡
天が怒ってはるんやと思います。
自分のことしか考えてへんやないか、人間👹、言うて。

子どものとき、台風が来るとウキウキしたのはなぜだろう。
停電してろうそくの灯りでリコーダーを吹いていたのを、昨日のことのように覚えてる。
でも私が生まれる前の年に、台風で淀川の支流が決壊して家が浸水、屋根だけが浮かんでたんだって🚣
生まれてからも、台風のたびに山のお寺に避難した。
親は苦労したんやね。
結局団地に引っ越した。4階❣ 絶対水が来ないから。
リコーダー吹いてたのは団地に移ってからね。
親の余裕が子どもに伝染してたのかもしれない。

みなさん、本当に気を付けようね。
早めの避難。他人事やないからね。

ちょっと気晴らしのおはなしっ
テレビを見ていたらタコを捕って料理してたのね。
タコ、好物なんだけど、動いてると食べる気にはなれないよなと思って観てた。ふと、
わたし「あれ、思い出すわ。あれ、ほら、あれ」
夫「どれ」
わたし「ほら、映画でね、ジョニー・デップが主役で、その父親がタコのやつ」
夫「・・・」
わたし「ほら、海賊、カリブ海の。観に行ったやん」
夫「ああ!あれ!」
わたし「なんやった。映画の題」
夫「あれや、あれ」
翌日。
夫「(得々と)海賊の事、英語でなんて言う?」
わたし「知らん」
夫「パイレーツや」
わたし「そうや、カリブ海の海賊や!」
夫「(もっと得々と)パイレーツ・オブ・カブリアンや」
わたし「う~ん。ちょっとちゃうと思う。カブリアンか?」

本当に、早めの避難。かぶちゃん、川の増水を見にいかないでね。