続キャパシティの発見✨

え?
なんだか真面目~って?
はい、ヤンは真面目人間ですよ(笑)

新型コロナ騒ぎで、なにかに集中しないと、落ち着かないのよ。
お話の練習も、おしりに火がつかないとね・・・

で、きのうの続き(笑)
『瀬田貞二 子どもの本評論集 児童文学論 上・下』(福音館書店)を読んで。

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第1章 子どもに本を手わたすこと
その3 キャパシティの発見 1959年発表
ーリリアン・H・スミスの児童文学論『たゆまぬ年々』にふれてー

この項の途中までだったのね。そのつづき。

瀬田先生は、スミス『児童文学論』(岩波書店)の1~3章を翻訳しています。
その第1章 児童文学の中心点 のポイント。
子どもが本を読むキーは、おもしろさにある。
おもしろさとは、子どもがそれによって眼をひらくこと、一つの体験をすることだといいます。

スミス氏の言葉によれば、
「子どもの人生経験は、どうしてもその環境のせまい限界に限られている。そこで、子どもたちが求めるのは、そんな限界をさっさとのりこえていく道なのだ」と。

うん、わかる。
幸運にも私の小さな本箱には、子どもの頃のそんな本が何冊か並んでいる。
戦後日本に暮らす裕福でない家庭の、小さな女の子だったわたしは、家や学校での退屈とか悔しさとか孤独とかに打ち勝つために、本が必要だった。
わたしという限界を軽くのりこえて、本の世界に没頭したぞ。

そこにあったのは、私だけの世界。

でね、瀬田先生が言うには、子どものキャパシティがわからない大人が多いからだめだって。

ここまで読んで、表題の「キャパシティ」の意味が分かった。
つまり、子どものキャパシティ
受容力。受け入れる能力。

はい、感動的な引用。

大人が子どもにはその思想がむずかしかろうと考えたり、ニュアンスがわかるまいと考えたりするのは、子どものキャパシティがわからないのである。
子どもたちのひたすらに成長へむかう確かな本能は、読書のさいに永続するものや積極的な価値のあるものを、かならずちゃんと残していく。
その保持力は大人よりずっと信用できる。
それだのに、甘ったるくし、低め、薄めようとする大人の卑俗な根性。

きょうは、ここまで((´∀`))

 

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