日別アーカイブ: 2020年6月18日

『うみをわたったしろうさぎ』🐇

『瀬田貞二子どもの本評論集児童文学論上』報告

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4章昔話
昔話ノート
『うみをわたったしろうさぎ』余談 1968年

『うみをわたったしろうさぎ』瀬田貞二再話/瀬川康夫画/福音館書店/1968年 こどものとも142号

瀬田先生がもとにした『古事記』ですが、語釈・補注の扱いからみて、主に、岩波の古典文学大系『古事記・祝詞』倉野憲司・武田祐吉校註/1958年(以下、大系本とする)と思われます。ヤンが再話に使っているのもこれです。

瀬田先生は、『古事記』をかなり忠実に翻訳したがところどころ改変しているので、「再話」と呼ぶのがいいと書いています。
改変したのは、うさぎが、因幡の国の竹の林に住んでいたけれど津波で流され、おきの島に流された(それで、因幡の国に帰るためにわにをだました)という部分。
これは、大系本の補注にある『因幡の国風土記』の逸文(『塵袋』鎌倉時代成立の事典)をもとにしています。
『古事記』には、なぜうさぎがおきの島にいたのかが書いていないから改変したそうです。
この部分、ヤンは『古事記』に忠実に再話しているので(笑)、確認してください。こちら⇒《日本の昔話》「いなばの白うさぎ」

さて、戦後しばらく、日本では、神話の復活を拒んだ時代が続いたので、当時は子ども向けのよい神話本がなかったそうです。そのなかで、次の本が挙げられています。
『古事記物語』鈴木三重吉/1920年
『古事記物語』福永武彦/岩波少年文庫/1957年
『カミサマノオハナシ』藤田美津子著/1943年・1966年再刊
ほんとに少ないですね。

この評論が書かれたころ、文部省が、歴史教科書で神話を扱おうと考えました。けれども、戦前回帰を憂う声が上がり、反対を受けていました。瀬田先生は、2つの理由で、歴史の中で神話を知ろうというのは無理だと言います。
1、古代における神話の意味を子どもに知らせるのは困難。
2、神話と史実についての学問的な研究が未発達。

その頃、学問的に『古事記』を見直すものとして、『古事記の世界』西郷信綱/岩波新書/1967年 が、出版されました。
原意識を掘り起こそうという、いわば古代人の肉声発掘作業が」おこなわれていると、瀬田先生は評価しています。
『うみをわたったしろうさぎ』執筆の参考になったとあります。

さて、この物語のテーマを瀬田先生はこうとらえています。
引用
兄神たち、つまり八十神(やそがみ)のでたらめな教え、むしろ残酷ないじわるに対して、大国主がちゃんとした心のこもった治療法を教えているところに、その文化神的性格がうかがえます。

蒲(がま)の花粉には血止めと痛み止めの薬効があるそうです。
大系本注:『和名抄十』(平安時代成立の事典)より

「おきの島」については、沖の島なのか隠岐の島なのか、昔から議論があります。瀬田先生は、「遠くの島」ということでいいではないかと書いています。

「ワニ」については、ワニなのかワニザメなのか議論があると、瀬田先生は書いています。大系本の注にはこうあります。
引用
鰐(わに)、海蛇、鰐鮫(わにざめ)などの諸説があるが、海のワニとあることと、出雲や隠岐の島の方言に鱶(ふか)や鮫をワニと言っていることを考え合わせて、鮫と解するのが穏やかであろう。
なぜ瀬田先生は大系本の「サメ説」を取らなかったのか。それは、マレーシアのカンチル話では、サメではなく、ワニだからだそうです。
みなさん、《外国の昔話》「カンチルとワニ」見てくださいよ~。こちら⇒
瀬田先生が読んだ『南洋文学』宮武正道/弘文堂/1939年 の話とはちょっと違うけど、大筋は同じね。
ヤンは、日本神話ではサメ、現代の東南アジアの昔話ではワニ、それでいいと思っています。昔話を学んでいる私たちは、地域によって、民族によって、同じ話でも人物や小道具が異なるってこと、知ってますよね。

報告はおしまい。
つぎは蛇足。

2011年実施の学習指導要領国語で、戦後初めて「神話」が教材として扱われることになりました。
それで、いま、神話や古事記関係の児童書が、ずいぶんたくさん出ていますね。
教科書に載っているのは、「いなばの白うさぎ」「やまたのおろち」「うみさちやまさち」(ほかにもあるかもしれない)。
読み物、絵本、漫画、事典(図鑑?)。
どれを子どもに手渡せばいいのか、読み比べがたいへんです。
わたしは、元のストーリーが面白いから、できるだけ平易な言葉で正確に訳した本がいいと思っています。
語りの森HPでも、少しずつ増やしていこうと思っています。
『古事記』はもともと口承なんだから、できれば語りの形で子どもたちに手渡したいです。

あ、蛇足の蛇足
古典だから、古典らしい文体でなくてはならないとは思いません。
もしそうなら、『古事記』をそのまま朗読すればいいのです。1300年前の発音で(笑)