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語りの森を作った魔女

昔話の解釈ー偽の花嫁と本当の花嫁、けもの息子とけもの婿8👸🤴

マックス・リュティ『昔話の解釈』を読む

第6章偽の花嫁と本当の花嫁、けもの息子とけもの婿

「けもの息子」は、「偽の花嫁」と展開の仕方が似ていると、リュティさんは言います。

具体的には...

けもの息子
1,主人公はけものとして登場
2,暗闇の中でけものの皮を脱ぐことができる
3,最後に日の光の中で人間の姿となることができる

「マレーン姫」
1,はじめに塔に閉じこめられる
2,荒れ野でイラクサを食べ、台所で灰にまみれて働かなくてはならない
3,最後に本当の花嫁であることが明らかになる

「がちょう番の娘」
1,腰元に身を落とされる
2,粗末な着物でがちょうの番をする
3,最後に本当の花嫁として素晴らしい衣装を身にまとい、王子の側に立つ

これらの話は、魂あるいは精神の発展の姿が描かれていると、リュティさんはいうのです。そして、子どもの心に信頼の念を吹き込むと。

何に対する信頼かといえば、
人間存在には発展とか成熟とか成就とかいうことが可能であり、自然でもある、そしてそれには欠乏や苦悩に耐えることが必然的に含まれている、という信頼の念
です。

思春期の子どもたちや若い人たちがこのような信頼を心に持つことができれば、現実社会のさまざまな理不尽に立ち向かっていく(ときには耐えていく)のがずいぶん楽になるでしょう。勇気をもつことができると思う。
「がちょう番の娘」や「かえるの王さま」は数限りなく語ってきたけれど、ここまでの意味があったなんて、ヤンは気づかなかったなあ。
「マレーン姫」や「ろばの子」を語られる方もたくさんいるでしょう。
なんとかして、子どもたちに伝えていきましょうね。
そんな思いもあって、《おはなしひろば》に「いのししの王子」を、《外国の昔話》に「ばらの花とけもの」を再話しました。きょうは、「世界のはての井戸」をアップします。

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日常語の語り入門講座の募集を始めましたよ~
さああなたも、思い切ってやってみよう~

ババ・ヤガーの通常クラスの皆さま、昨日からプライベートレッスンの予約が始まってます。いま2日埋まってます。秘密基地へどうぞ~

オンライン「白雪姫」感想文📝

第15回昔話の語法オンライン勉強会「白雪姫」の報告をジミーさんがしてくれましたね。こちら⇒

ババ・ヤガーの語法勉強会では、ご参加くださった方に、たいてい感想文を出していただきます。
次回に向けて反省するためです。あ、わたしが反省するのね。
で、今回はオンラインだったので、メールで感想をいただきました。
あまりにたくさんあるので、少しだけ、一部分抜粋でご紹介しますね。

Aさま
今回はおはなしおばさんとして、「聞いている子どもの気持ち」について言われた事が心に残りました。

°耳で聞いて理解できなかったら、子どもはお話から出ていってしまう。
°実母と継母
親と子の葛藤
子は親を乗り越えないといけない
°子どもはすごい!
奇跡を信じる
°子どもが聞き逃さない文章
°エピソードの孤立を図で説明して下さったのが、わかりやすかったです。
何度でも失敗する。その時は目の前のことを精一杯する。

それで、いいねんで!
最後は幸せになるねんで! ←お話おばさんとしての役目だと言われた事が一番印象に残りました。
長々と書いてしまいましたが、子どもたちにお話を聞いてもらっている身として、今以上に大切に丁寧に選び語っていきたいと思いました。

Bさま
白雪姫のおはなしで一番いい味を出しているのはもしかしてわるい女王なのでは、と感じました。

3回も変装&小細工~七つの山を越えて~がんばっとるな~
わるものの行動が必死で真剣で、最後までおもしろかったです。“白雪姫は人類の歴史の根本的な骨組みを語っている”んですねー

Cさま
〈昔話は、主人公の幸せに向かって一直線に進む〉

頭でない所にジィ〜ンと響いてきました。
『失敗にみえることも、実はハッピーエンドに向かう過程のひとつ。だから大丈夫◎』と、わたし自身が励まされた思いがしました。
主人公を〈否定せず、丸ごと肯定する〉……これ以上のエールがほかにあるでしょうか!?
幸せになるための〈肝〉を〝昔話〟は深いところに忍ばせていて、聞き手の心境に応じてそっと手渡してくれていたんだ……!
そして、いにしえより数えきれないほど多くの人々の思いや願いを〈昔話〉という形で、今、自分たちが受け取っているのだ……と思ったら、なんだかものすごく大きな後ろ楯を得たような安心した気持ちになりました。
この贈り物を子どもたちと分かち合うために、自分に出来る準備をもっとしていきたいなと思いました。

Dさま
今回なるほどと思ったのは、白雪姫が小人を見ておどろいたのは、小人におどろいたのではないというところ。

昔話の語法を知らなければ、違う解釈をするかもしれない箇所ですよね。先生の例えも情景がよく理解できて面白かったです(^^)
昔話の語法を知れば知るほど、きちんと「子ども」というものを知らない大人が、大人の感覚でお話の大切な部分を変えてしまう罪深さについて考えてしまいます。
子どもの時のピュアで真っ直ぐな感受性を、どうして覚えたまま大人になれないのでしょうね。
そしてそんな子ども達の前で語る時、私のお話への想いが伝わるんだと思うと、一話一話大切に、しっかり練習して臨まないといけないと改めて感じました。

Eさま
おはなし広場の「白雪姫」を聞いたとき、どんどんおはなしに引き込まれたのですが、(自分の中の白雪姫、絵本の記憶だと思います💦は面白いものではなかったのですが)、その理由が今日の勉強会でよく分かりました。昔話は「人生そのもの」ですが、白雪姫は特にそのことを象徴しているからなんですね。
私は女の子が主人公のおはなしを語りたいと思うことが少ないのですが、白雪姫はぜひ語りたいと思いました。


Fさま
とても面白く新鮮で目から鱗でした と同時に余りにも知らない事だらけで私の文庫活動なんて何だったんだろうと恥ずかしく穴があったら入りたい…

只のお遊びに毛が生えただけもの 私の独りよがりでした。多いに反省していますあの当時の子供たちに謝りたい
と前置きはこれくらいにして 少しずつ学ばせて頂きます
今まで疑問に思ってきたことが成程と納得する部分がたくさんありました
何故おばあさんが子供を欲しがるとすぐに子供が生まれたり 赤ちゃんだったのにすぐに成長する
いいタイミングでほしいものが手に入る 人が現れる等など
物語も自己満足で読んだり いい加減だったなーと

きりがないのでこの辺で(❤´艸`❤)

オンラインの良さは、居ながらにしてお互いの顔が見えること。
「終わったらもう家にいて嬉しかった」という感想(?)も何通かありましたよ(笑)
ZOOMがうまくできてうれしかったというのもありましたO(∩_∩)O
今回は、京都、大阪、奈良、香川、埼玉から同好の士が集まりました。このご縁もめっちゃうれしいですね。

おわび
感想の中で、「白雪姫」は2版ですでに継母ではないかというご指摘をいただきました。
そうなのです。勘違いしてたのです。訂正します。
初版は実母です。グリム兄弟は、批判を受けて2版から継母にしました。
ごめんなさい。

おわびのしるしに、白雪姫はどうやって生き返ったかについて書いときます(笑)
2~7版は、棺を担いでいた召し使いがやぶに足を取られてよろめきます。その拍子にりんごが姫の喉から飛び出して、生き返りますね。
(ディズニーアニメでは王子のキスで生き返りますがね。)
初版は、こうです。
召使たちは、いつもいつも棺を担いで王子のあとをついて歩かなくてはならなかった。腹を立てた召使たちは、棺を開けて「こんな死んだ娘のために、おれたちは一日じゅうこき使われるんだ」といって、白雪姫の背中をげんこでゴツンとなぐるんです。すると、りんごのかけらが口から飛び出して、生き返る。

グリム童話の各版は、初版、2版、7版が日本語に翻訳されています。
他の話も比較すると面白いです。

感想をお寄せくださった皆様、ありがとうございました。
次に向けての原動力になりました。
次は8月24日「がちょう番の娘」、がんばりますq(≧▽≦q)

 

 

昔話の解釈ー偽の花嫁と本当の花嫁、けもの息子とけもの婿7👸🤴

マックス・リュティ『昔話の解釈』を読む。

第6章偽の花嫁と本当の花嫁

今日は「けもの婿」の話です。
旅人がやむなくけものに娘をやる約束をする。娘ははじめ結婚をしぶるが、しまいに承知してけものに愛情を注ぐと、けものは王子に変身するという話。

ディズニーのミュージカル「美女と野獣」でご存じのかたも多いのではと思います。劇団四季もやっていましたね。
絵本も様々出版されています。
2017年には実写版の映画も上映されていたようです。
映画は、すでに1946年に、フランスでジャン・コクトーによって作成されています。
世界的に広がったのは、同じくフランスのボーモン夫人の本によるもので、この出版が1756年です。
さらにボーモン夫人は、1740年ヴィルヌール夫人の本を原案にしたそうです。
リュティさんは、この昔話の痕跡は、アプレイウスの「アモールとプシケ」にあると言います。つまり、ギリシャ・ローマにさかのぼるのです。

何と長寿な物語なんでしょう。

商人の娘が、死んだように横たわっている野獣のことを嘆き悲しんで生き返らせようと手を尽くします。そのとたん、野獣は美しい王子さまになるのです。
イギリスの類話では、商人の娘が、いっしょに暮らしている犬に「みつばちの巣よりもすてきな犬」と優しく言うと、王子さまになるんですね。
娘の愛が、けものにかけられたまほうを解く。

ところが、グリム童話KHM1「かえるの王さま」も類話だというのです。
お姫さまは、「いやらしいかえる!」といって、かえるを壁にたたきつけますね。するとかえるが王子さまになる。魔法が解ける。
これは、たとえば「金の鳥」の最後で援助者のきつねが、王子に「首を切ってくれ」とたのみ、その通りにすると、きつねは魔法が解けて王子になる。それと同じことだと、リュティさんは言います。

変身させるには愛だけでは足りない。思いきって手を下すこと、厳しさと適切さが時には必要である。そうでなければ低いものを高くし、けものから王子を出現させることはできない。

これも、象徴として昔話を読まねばならないということなんだけど、それはまた次回に!

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断捨離が進んでいる。
どんどん捨てている。
夫「あんまり早く進めないように。不吉や」
わたし「最後は自分やな。まだまだや」
先週は、家族が減っても未練がましく残していた布団や毛布を処分した。45リットルのごみ袋に入る大きさのはふとんでも市が持って行ってくれるのだ。ありがたいことだ。
三つのふくろにまとめた。

最近、携帯電話がしょっちゅう行方不明になる。
「ここに置いたで」と自分に言い聞かせても、その場を離れると、忘れる。
な、断捨離の季節やろ?
その日は、本当になくなった。いくら探してもない。
いつものように夫が電話をかけてくれた。
が、しかし、マナーモードにしていたことは憶えていた。
髪の毛が逆立った。どないしょ。

へへへ。わかった?

ふとんのふくろの中で、なにかがブルブルとふるえておった。

 

 

クララとお日さま

やっと図書館で順番が回って来て、いっき読みしました。

カズオ・イシグロ作
土屋政雄訳
早川書房
2021.3刊

主人公のクララは、少女型のAF(人工親友)
わたしの世代の表現では「ロボット」ね。でも、見た目は人間と変わらない。そんな科学技術の発達した世界を描いている。
そんな世界でも、人間社会の基本構造も、個人の感情も、今のこの世界とは変わらない。
クララは、ジョジーという思春期の病弱な少女の親友として買われて行くんだけど、ずば抜けた観察力があるのね。
観察力は理解力でもある。
その能力でもってひたすらジョジーの幸せのために考え、行動します。

ジョジーの病気が進んで、もう助からないのではないかとあせる母親の気持ちも活写されます。母親は、一人目の娘を病気で亡くしています。
それで、もしもジョジーが死んだら、ジョジーを完璧に理解しているクララをジョジーとして再生しようと考えます。で、科学者にジョジーの人工の体を作ってもらうのね。その人工の体にクララの人工知能を埋め込もうっていう計画。

クララはロボットなので、拒絶しませんが、その前に、自分にはジョジーを助ける計画がある、まずそれを試させてほしいといいます。
クララは、太陽光エネルギーで動くロボットです。
それで、お日さまを信じています。神さまのように。
クララたちのすむ家の裏に広がる草原に太陽が沈むとき、ジョジーのボーイフレンドの助けを借りて草原の半壊の納屋に行き、お日さまに祈ります。
ジョジーを助けてくださいと。

それには、クララの体内の溶液を少し取り出すという犠牲を伴いますが、クララはちゅうちょしません。
ジョジーの幸せを守ることがAFとしての自分の存在価値なのだとクララは信じています。

奇跡は起こり、ジョジーは、回復してやがて大人になっていきます。

クララは、あの時の選択は正しかったと回想します。
クララは間違いなく正確にジョジーとして再生(継続)することはできたでしょう。
でも、それだけでは完璧ではない。なぜなら、ジョジーを愛する両親やボ-イフレンドの心の中にジョジーはいるからです。
人間のその人にしかない特別なものは、ロボットによって継続させることはできない。特別なものは、愛する人々の中にあるから。
クララは、「決定を誤らずに幸いでした」といいます。

この最後の部分で、泣いてしまいました~
人はひとりではない。
昨夜テレビで、コロナ禍で若者の自殺が増えていると報道されていました。
生きる意味が分からないと悩む若い頃が私にもあったので、切実に受けとめました。
そして、そのこととクララのことばが重なっていきました。

児童文学ではないしSFともいいきれない、ジャンルなど突き抜けた小説です。

***********

きょうは、語りの森《外国の昔話》を更新します。
イタリアの「アルジャおばあさんのめんどり」
語りの森昔話集5に入れようと思っています。

たずね人(だれや❓❗)

きのうは、第15回昔話の語法オンライン勉強会でした。
ズーム初心者たちが、有料版でおそるおそるスタート!

「オンデマンドくらぶ」なるものを作ろうと企画中で、今後ズームの勉強会を録画してためておいて、会員制で楽しんで勉強してもらおうと、思ってるの。
例えば、年会費はらって、クラブに入ったら、1年間、いつでもどれでも見放題ってやつ。
で、その第1作(?)がきのうの「白雪姫」ね。

はい、録画に挑戦!
スタッフは、この井戸端会議にしょっちゅう出てくる面々です。
まず、ズームでは、「録画」っていわないの!「レコーディング」っていうの!
「え~っ。どこクリックしたらええのお?」
「録画って、あらへんやん」
「レコーディングやったらあるけど。ぽちっ!」
「おお~~」

そんなこんなで、役割分担も決めて、当日を迎えましたo(*^@^*)o

肖像権の問題があるので、参加者の皆さんを写すことはできません。
わたしにスポットライトを当てて、スタッフを共同ホストに任命して、みなさん入室。
かる~くご挨拶をして、勝手にミュートはずしているKさんに、「ミュートのままにして」って指図したりして、ばたばたと開始です(笑)

わたしの合図で、共同ホストのSさんがクラウドに録画を始めます。
わたしは、自分のパソコンに録画します。
どちらかが失敗してもよいように。
ばっちりです!

2時間40分の長丁場が終わる。
その間の中身は、後程ジミーさんから報告があるでしょう。
ここは、その後のてんやわんやのおはなしです。

おわってすぐに、
Sさんメール「録画失敗しましたあ~」

うんうん、そのために、わたしも録画したからね、大丈夫!
で、我が相棒のPCを確認。
はい、はいってましたよ~
ところが!
ホワイトボード共有画面の右にスタッフやKさん、Oさんも写っているではありませんか!
たしかに、講義中も見えてたんですがね。そのまま録画されてたんですね・・・(っ °Д °;)っ
しゃあない。Kさん、Oさんに許可を頂こう。

そう思いつつ、何気なく、クラウドをのぞいたら、ばっちり録画できているではありませんか!
わたしの録画開始合図から録画終了合図まで。(講義だけうつるように、みんなの顔がうつらんように打ち合わせてたの)
途中の休憩はちゃんととばして!
しかも、スタッフも、Kさん、Oさんも写ってない!

即、ジミーさんに電話。
「ひょっとして、録画してくれてた~?」
「はい、自分のパソコンに」
「え!?クラウドにじゃなくて?」
「いえ、自分のパソコンに」

だれや・・・

かぶちゃんに電話。
「ひょっとして、録画してくれてた~?」
「いいえ~。わたしはミュート監視係やもん」
「ふと、レコーディングんとこぽちってしてない」
「無意識に?」
かぶちゃんは、スピーカービューとかギャラリービューとか駆使して監視してたもんね、録画してたとしてもあんなにきれいにできているはずがない。

だれや・・・

夜、ジェニィさんに電話。
「ひょっとして、録画してくれてた~?」
(3回の繰り返しかい!)
「えっ。録画はSさんの役でしたよねえ~!わたしやった?」
「あ、いやいや。じつはこれこれ、しかじかで」
(昔話は省略しないが、現実は煩わしいから省略)

だれや・・・

ホストのわたしか、共同ホストの上記4人しか録画をすることはできない。
もし万が一、だれか他の人が録画できたとしても、その目的は?
あとでこっそり観ようとしても、クラウドに保存した録画は、IDをもつわたししか観ることはできないのだ。

だれや・・・

クラウドに保存された美しい録画(被写体は美しくないが)をさっそくYouTubeにUPしながら
だれや・・・

だれや・・・

こわい・・・

 

***********

ところで、この井戸端会議のいっちばん下に、いっちばんおもしろいコーナーができたの、気づきましたか?
「かぶのさぶ日記」
かぶちゃんが、野犬を引き取って、世界一幸せな野犬にするぞって、大奮闘している日々が、リアルタイムで活写されています。
もうもう、涙なくては読めないです。笑いなしにも読めないです~