「日記」カテゴリーアーカイブ

おはなしの神さまあ~🌟

今年ももう二週間が過ぎてしまいました。
年末にいつのまにか去っていかれた神さま、今どこをうろついておられるのですか?
早く帰ってきてください。
子どもたちが待っておるのです。
いや、ちっとも待っていないのかもしれません。
「え~っ、そんなめんどくさいもん聞きたくないわあ」と思っているにちがいありません。

「むかし、むかし、」ちがう!「むかし」ちがう!「むかしな」ちがう!「むかしむかし、ずっとむかし」ちがう!
あああ、覚えられません、神さまあ~

「昔、あるところに王さまが」ちがう!「むかしむかし、王さまがいました」ちがう!
なんでどの話もこの話も、にたかよったかなんや!
あああ、思い出せません、神さまあ~

ごめんなさい、ごめんなさい、わたしが悪うございました。
年末年始、食っちゃ寝、食っちゃ寝。読むのは上橋菜穂子だけ。

お話の神さま、どうか、迷わずちゃんと私の所に帰ってきてくださいませ。

うれしい電話

年明けそうそうに、語りの森鹿児島支部(笑)の母から電話がありました。
うれしい内容だったので報告します。

母は昨年『語りの森昔話集1おんちょろちょろ』をたくさん買ってくれて、母のまわりの児童民生委員をされている方、教員をされている方、里親さん、子どもへの読み聞かせボランティアの方、児童福祉のお仕事をされている方、子育て中のお母さんなどなど、子どもに関わる人たちに手渡してくれていました。
「その中のお一人がうれしい事を言ってたよ!」と言うのです。
「その方は小さい頃にお父さんからおはなしを聞いて育ったんだそうよ。いろいろ聞いた中でも、何回も聞いてものすごく好きなおはなしがあったんだって。大人になってお父さんも亡くなってからふと思い出して、お父さんに聞いたおはなしを本で探したんだけど、似た話はあっても同じのがどうしても見つからなくて、寂しいけど諦めていたんだって。
そしたら!『〇〇さん(母)にもらった昔話集読んでたら!子どもの頃お父さんに繰り返し話してもらったおはなしがそっくりそのまま載ってたの!もう懐かしくて懐かしくて!お父さんが語っていた様子がはっきりとよみがえってきて、涙が出たよ!』って言うのよ。この本すごいね~」って。
この方は小学校に読み聞かせのボランティアでも行かれているので、
「このおはなしは私がお父さんから聞いたおはなしです、って読んであげれるわ!」と喜んでいたそうです。
ヤンさん!すごいです!!途切れかけた伝承の糸が再びつながりました!!

『語りの森昔話集1おんちょろちょろ』が、関西と鹿児島をつなぎ、お父さんの想いが現代の子どもたちへつながり、未来へと残っていく。
すごいことしてるなぁ~って感動しました。
k先生が日本のおはなしを増やした方がいい、と言われていたのもこういうことなのかなぁ。
ヤンさん、すごいことしてますよ~!

ヤンさんの再話が語法にのっとっているから、読んだ人の心にスッと寄り添うんだと思います。
だって語法は語り手の愛だから。ヤンさんの愛がつまってるからね。

正月からとってもうれしい気持ちになりましたので、おすそ分け。
(と同時に自分の尻をたたいて気持ちを引き締めます・・・)

ヤンさん、みなさま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

🎍ことしもよろしく🎍

笑う門には福来る

新しい年が明けました。
どうぞ今年もよろしくおつきあいくださいませ。

京都はおかげさまで、おだやかな元日になりました。
全国のみなさま、様々なところで新年をお迎えのことでしょう。
どうぞよいお年となりますようにお祈りいたします。

ことしは、何十年ぶりかで年末年始を夫婦ふたりですごしました。
新婚時代とはえらい違いですが、それなりに言い合いげんかをしながらふつーに1日が終わろうとしています。
娘は遠くから孫の写真を送ってくれましたし。Skypeは懲りたのでしょう・・・
息子は友人と奄美大島へ虫取りにでかけたし。友人とというのがちょっと寂しくはありますが。

年々心身ともに歳はとるものですが、それは衰退ではなく、将来への楽しみでもあるのです。
歳をとると今まで気づかなかったことがとてもよく分かるようになります。
どうでもいいことは、ほんまにどうでもよくなります。

もう、やりたいことだけをやろうと思います。
え?
もちろん、子どもに語ることと再話すること、と諸々です。
甘い物は体に良くないのでやめます。でもそしたらストレスを解消できないので、コーヒーを極めることにします。

美味しいコーヒーをいただきながら読書する、ハッピ―な時間を毎日一時間でいいから手に入れたい。
あああん。もう、わがままに生きますう。

きょう、あなたのために

たいせつな、すてきな仲間がいて、そのひとりが聖歌隊の一員で、燭火賛美礼拝(キャンドル・サービス)にまねいてくれました。
仲間みんなで行きました。
12月24日。
雨の中迷いながらたどり着いたのは、西区江戸堀の大阪教会。
1922年、ヴォーリス設計で建てられた厳かな建物です。夜だったので外見は見えませんでしたが赤レンガの壁だそうです。
中は、高い吹き抜けに太い梁と木組み。ろうそくの灯り。
もうそれだけで敬虔な気持ちになります。

やわらかでわかりやすい牧師様のおはなし。
すみわたる聖歌隊の声。
声を支える重厚なパイプオルガンの響き。

ヤンは小学生の頃日曜学校に通っていたので、聖歌も主の祈りも自然に口から出てきました。
「きょう、あなたのために、イエス様がお生まれになった」ことにすなおにうなずく自分がいました。

仲間たち、いつも支えてくれてありがとう。
これからも、いつも最高のプレゼントをあたえあえる仲間でいてください。

ただもの (?_?)

脳ドックを受けた。

検査が終わり先生の説明があった。
ふう~ん。私のがいこつってこんななんや😲

お医者「結局、脳梗塞の痕跡も老化による萎縮も見られません」
わたし「心の中で・・・ほな、この物忘れのひどさはなんや?気持ちがたるんでるだけか?」
お医者「ところで、結婚前は先生をしていましたか?」
わたし「へ?え?そんなことまでわかるんですかあ?」
お医者「いやいや(笑)。雰囲気がただ者じゃないので」
看護師さん「(笑)ほんとに(笑)」
わたし「あ、はあ」

わたしはいったいどんな受け答えをしたのだろうか。

家に帰って。
わたし「お医者さんにな、ただ者やないって言われた」
夫「ほおお。ほな10円くらいか?」
わたし「・・・」
夫「おれは、ただ者やな」
わたし「わかってるやん」

夕方、かかりつけ医に心電図の結果を聞きに行った。
ずっと動悸がひどくて止まらないので、24時間ホルター型の心電図を付けて調べていたのだ。
お医者「だいたい1分間に6~7回期外収縮があるなあ。けど悪質なものではないし。精神的なストレスや疲れによるものでしょう」
わたし「死にませんか?」
お医者「死にません」
わたし「でも、ほんとにしんどいんです。夜なんか死にそうになるんです」
お医者「そしたら、精神薬を出しましょ。五月病に聞く薬ね」
わたし「いま12月ですけど?」
お医者「もし効かなかったら、β遮断薬を出しましょ」

というわけで、めっちゃ若い脳とめっちゃ気の弱い心臓をもっていることがわかって、今年も暮れていくただ者でないわたし。