『瀬田貞二 子どもの本評論集 児童文学論上』の報告
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第1章ファンタジー
その4 子どもとウソ 1959年発表
民俗学者柳田国男の『不幸なる芸術』という著作の中に「ウソと子供」という文章があります。それを紹介しながら、瀬田先生の考えが書いてあります。
まず、子どもはウソをつくものなのに、大人は「ウソは泥棒の始まりだ」などどいって戒めるのはだめだといいます。
歴史的にみると、ウソはイツワリ(欺瞞)ではなくて、
1、人びとが集まって楽しむ座興の一つ。
2、敵をやっつけるための力いっぱいのたくらみ。
だったといいます。
1は、例えば曽呂利新左衛門(そろりしんざえもん)
落語なんかもそうでしょうね。
昔は、村に一人は評判のウソツキ爺さんがいたりしたそうです(笑)。それが、亡くなった後も話として残っていった。
人生を明るく面白くするためには、ウソは欠くべからざるものでもあったといいます。
2は、例えば諸葛孔明(しょかつこうめい)や山本勘助(やまもとかんすけ)といった軍師。
実用向きのウソだったんですね。
これも、話として伝えられる。
自分勝手なウソは、「欺(あざむ)く」といいます。
こういうことをするのは悪人。
子どものつくウソは、1や2の下地だと柳田はいい、瀬田先生もそう考えています。
例として、ある子どもがお使いに行って、油揚げを買ったんだけど、帰りにちょっと食べちゃった。家に帰っておかあさんに、ネズミがかじって走って逃げたとウソをついたという話を挙げています。
こうした子どものウソを、事実と違うからと言って責めてはいけない。
そんなとき、おかあさんはどうしたらいいのか。
だまされたふりをするのもいけない。
自然な感情のままに笑うのが一番だそうですよ。
なるほどな引用
事実とちがう、と、いうことは、その点だけで目くじらを立てて子どもに許さないおかあさんがたがいますが、人生のうるおいである諸々の芸術は、おそらく皆事実とちがいながら、真実をめざしているのです。
こどものそんな空想する力を大切に伸ばしてやりたいといいます。
そして、柳田が発見して育てた昔話こそ、いちばん空想の要素が豊かなのです。
子どものウソ、子どもにかかわる大人がもう一度考えてみるべき問題かもしれません。
おお!
語りの森HPのバナーができている~~(^o^)/
一連の、瀬田貞二先生の本のまとめ、勉強になります。
ありがとうございます。
子どもとうそについては、なるほどと強く感じるとともに、はるか昔の自分が子供だった頃のことを思い出しました。
まさに、我が家は「うそつきはどろぼうだ」が、唯一の鉄則みたいに繰り返し言われました(笑)
そのころのことをいろいろ思い出しました。
自分が親になると、本は子どもが勝手に読み始めるものと思っていましたし、自分が児童文学の古典をほぼ読んでいなかったので、もうほったらかしでした。
我が子のことはもう遅いんで(笑)、ボランティアとして子どもたちとかかわっているものとして、今からでも古典を読んでいこうと思います。
ジミーさん
コメントありがとうございます
ちょっとずつ進歩しているHPでございます(笑)
図書館開かへんので、不便ですね・・・