なぜ愚かな末っ子がしあわせになるのか?

大陸からの高気圧のせいで、日本全国、寒いですね。
雪や風の被害が増えています。

さてそのさむいなか、17日は昔話の語法勉強会です。
申し込み、忘れていませんか?
おっと、思い出したというかたは「お問合せ・リンク」へGO~!

さてさて。
お話を聞くとき、子どもは主人公に身を寄せて聞きます。
わたしは子どもだったとき、アンになりきり、ロビンフッドになりきり、クリストファー・ロビンになりきって本の世界に没頭しました。完全に現実を忘れて。
そして、ひとつの大きな冒険を終えて本を閉じたとき、わたしは、魂の高揚とともに、生まれ変わったように感じました。それは至福のときでした。
わたしが読んだのは昔話ではありませんでしたが、子どもの文学は、昔話と同じ主人公中心の文学です。

子どもにおはなしを語っているとき、目の前にいるひとりでも多くの子に、あの貴重な体験をさせてやりたいと、心から願うのです。

なぜ昔話は主人公中心の物語なのか。
主人公中心ということにどんなたいせつな意味があるのか。
いっしょうけんめい考えています。
ヒントは、昔話の孤立性にあると思います。
17日は、そんなことをいっしょに考えることができたらなあと思っています。

参加できないかたも、どうぞ、「昔話の語法」のページ、「孤立性」について読んでくださいね。
あ、参加されるかたも読んで予習しておいてください 💛

みなさま、寒さに負けないよう、がんばりましょう。

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