月別アーカイブ: 2022年3月

3月のおはなし会🎎

3月9日(水)

幼稚園3歳児

ろうそくぱっ
おはなし「せかいでいちばんきれいな声」『おはなしのろうそく』東京子ども図書館
絵本『いないいないばあ』松谷みよ子/童心社
絵本『しろいかみ』谷内つねお/福音館書店
ろうそくぱっ

3回目のおはなし体験。
こどもたちは、もう、何が始まるかちゃんとわかってスタンバイしてくれていました。
始めに「こがも」の説明をしたので、そのやりとりのせいで、おはなしに入ってすぐは、ちょっとガチャガチャしましたけど。
前回絵本をわたしのひざに持って来た彼が、きょうは『いないいないばあ』を持って来てくれました。
『しろいかみ』は、わたしが持って行きました。
こどものとも0,1,2のシリーズです。
幼い子と同じように、何度も読んで欲しがりました。で、4回読んだかな。
4回目は、自分たちで声に出してました。
「ぐじゅぐじゅ」「びりびりびり」「ぱー」がおもしろかったみたい。
終わってから本を確認に来た子もしましたよ。
「図書館にあるからね」っていっときました。

幼稚園4歳児

ろうそくぱっ
おはなし「ホットケーキ」『おはなしのろうそく』東京子ども図書館
ろうそくぱっ

2月は「大工と鬼六」が申しわけなかったので(笑)、きょうは、張り切って乗せてやりました。乗った乗った(笑)!

わたし「子どもが七人ありました」
子ども「ええ~~~っ」

冒頭からノリノリでしたよ。
お父さんがフライパンをじっと見てるとこなんかも大うけ。
みんなでフライパンを見つめている光景がまざまざと見えて、めっちゃ面白かったです。
そう、イメージは、語り手だけが作るものではないのです。
聞き手の力、大ですね~

「おじさんぽじさんって、なんや~~~」
「めんどりぺんどりって、なんや~」
「おんどりごんどりって、なんや~」
もう、いちいち、うるさいのなんの。

最後に、一年間のお礼にと、歌ってくれました。
「お日さまになりたい」新沢としひこ作詞/中川ひろたか作曲

「だれかを好きになると、心があたたかくなる」🎵
「だれかを好きになると、心がやわらかくなる」🎵

思いっきり歌ってくれて嬉しかったです。
コロナでも、ちゃんと大声で歌う、その指導を尊いと思いました。

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きょうの《外国の昔話》は、ウクライナの昔話⇒「ムズィカ」
短いですが、心はげまされる話です。
語ってくださいね~

 

3月 初級講座報告

2月は逃げていきました。やりたい事たくさんありますね。考えたい事たくさんありますね。去る3月は初級クラスでスタートしました。(もう一週間も前のことか…!)

手遊び う~めにうぐいす たけのこすいせん おひさまかがやくさんじょのじょ♪

1.さるの裁判 『ももたろう/語りの森昔話集5』語りの森

話のすじがおもしろくて、覚えようと思った。引っかかったところは、繋ぎ言葉。(ところが、けれども)自分の言葉に変わってしまって、覚えにくかった。

ヤンさん…この文章では、この言葉、こうきたら、こう、というものがある。ここは何で『けれども』なのか?と、考えてみると覚えられる。納得させるといい。語りが始まれば間違えても気にしない。間違えてリズムが変わって動揺してしまうと、伝えるべき大事な言葉を飛ばしてしまう。最後のさるの会話文「これで元どおりだ」が抜けていたが、これは大事な言葉。

2.老犬ズルタン 『語るためのグリム3』小峰書店

初めて読んだ時に、ズルタンを撃ち殺すというショッキングな事に身につまされた。定年退職を迎える人の境遇に重なる。また、主人のズルタンへの悲哀を思ったり、ズルタンの機微(表面上では分かりにくい心の微妙な動き)を感じ取った上での主人の言葉を思った。そして、ここでのオオカミはよき友、悪者ではないところが、オオカミ=悪者としてのキャラクターイメージが変わっていいいなと思った。

ヤンさん…自分がおはなしをどう受け止めるかは大事。自分の人生と重ね合わせて解釈することも大事。だけど、「役に立たなくなったから撃ち殺す」という事は、象徴的な話としてよくある事。ブレーメンの音楽隊もそう。農場などを営む主人と番犬。自然の脅威から生活を守る事の出来なくなった番犬はいらない、という大きな前提。動物と人間の関係を表している。オオカミのイメージについて、昔話雑学に詳しく書いてある。→ おおかみは悪者?

三匹の子ブタ、赤ずきん、七匹の子やぎでは、おおかみは悪者として出てくる。有名になって広く知られる話となっているが、その他で出てくるオオカミはマヌケな存在、ヨーロッパなどでは、ずる賢いきつねにオオカミがだまされる話が多い。

思い込みがあるかもしれないと思って、調べたり、考えなおしたりすると語りがまた変わってくる。語り方について、P68の真ん中、オオカミが「心配するな、…あすの朝早く、お前の主人は干し草狩りに出かける。そのとき、小さな子どももつれていくだろう。…おまえはそのそばに寝そべって子どもの番をしているふりをしろ。そしたら、おれがその子どもをさらってやろう。…おれがその子をはなしたら、その子を連れて帰るがいい…親たちはおまえに感謝するだろう。」この部分は、こうして、こうする、こうしたら、こうする、というふうに、教えるように語り、聞き手がその段取りを覚えていられるように語る。p70.3行目「ところでズルタン、わしが、おまえの主人の太ったひつじを一頭もらっても、目をつむっててくれるだろうな。…」何でオオカミがズルタンを助けたか、が分かる大事なところ。聞き手の納得感が変わってくる。そう考えていくと最後、オオカミのマヌケさが笑えてくる。

3.ありとこおろぎ 『おんちょろちょろ/語りの森昔話集1』語りの森

色んな話にチャレンジしようと思って選んだ累積譚。覚えて、通してみたら、意外なところでつまずく自分に驚いた。累積部分はリズムで覚えていけたが、こおろぎが今対している相手が誰なのかが分からなくなることが頻発した。(ブタ、ココヤシ、からす、めんどり、蔵、ねずみ、雌牛)なぜ?と考えたら、イメージが出来ていなかったことに気が付いた。以前ヤンさんに聞いた「イメージは背中に背負う」という言葉が腑に落ちたので、そこから練習しかない。また、言葉を間違えたが、言い直さずに語れた。

ヤンさん…語りについては、つな、毛、を立てること。何かわかるように。また、イメージをばちっと作っておくと、累積セリフの後も戻ってこられる。そして、イメージは背負う。人の顔見て、目の前に描くのは難しいから背負う。語りながら見えている。どうしても言葉の暗記に偏りがちだが、自分の中で自然とイメージする、見えてくる。聞き手はイメージしか受け取っていない。イメージがはっきりしていない語りは聞き手の中でぼんやりする。

4.七羽のカラス 『おはなしのろうそく10』東京子ども図書館

前の人の語りに引きずられた。練習していて、気になる言葉が出てきた。同じ人を言うのに、違う言葉がテキストででてくる。女の子、娘、妹。思いついたまま言うような語りになった。舌が回らなくなってきたことも自分で分かる。舌の運動をして気を付けたい。

ヤンさん…覚える時にはテキスト通り覚える。語りだしたら言葉が変わってしまっても、聞き手にはわからない。(変わっても支障のない言葉)そして、最後までストーリーを語る。それが出来ていた。私はお風呂で早口言葉の練習をしている。良い滑舌を保つために、舌の筋肉、口の周りの筋肉を鍛える。

5.ならずのナツメ 『読みがたり大阪のむかし話』日本標準

聞いたことがあった話。子どもが小学生の時、学校から借りてきた本。大阪弁の男言葉が馴染めず、そのままは嫌だなと思いながら…。「なにをいうたりまんねん。このナツメは、やれまへんな。…実も拾うことなりまへんで。」河内の国石川村の話。(現在の南河内郡河南町・富田林市の東隣)ネイティブではないので、難しいが、覚えたいと思った。老人クラブで語る予定。ナツメは懐かしいものという感じ。

ヤンさん…土地言葉と男言葉のテキスト。この場合なら「このナツメはあげられへん。」と、自分で決めて語ると良い。結局は日常語の勉強が必要になる。

この話は弘法さん伝説で、全国にたくさんある。(真心には報酬を、意地悪には罰を)子どもと家庭のための奈良の民話1(奈良の民話を語りつぐ会/村上郁再話)にも、弘法大師のはなし載せている。弘法清水、二度実るくり、弘法さんがくれたお茶、弘法さんとちまき、戦火の弘法大師。

6.足折れつばめ 『子どもに語る日本の昔話3』こぐま社

緊張して、つまってしまったところもあり、うまく語れなかった。小さな大工が家を建てる所はおもしろいところで、たったったったーと語った。

ヤンさん…なめらかな語りで、おもしろかった。せっかくの勉強だから、この場を利用してほしい。子どもの前での語りは?語り手:子どもに語る時は図々しくできる。 それなら、子どもたちと楽しんでみて。みんなの意見:誰でも緊張はする、間違えてもいい、良く見せようと思わない、石と綿と木のイメージで語る、胸のリンパを流す!

ヤンさん 酋長カイレ『ねむりねっこ/語りの森昔話集2』語りの森

癒しのおはなしの時でした。対面で、語り手のおはなしを全身で感じて味わう時、みんなの心が触れ合い重なる時。さまざまな芸術表現がありますが、おはなし会はその一つの形。この非日常を色んな人と空間的に共有することの大切さを肌で感じますし、おはなし会は、子どもにも大人にも必要な精神の糧となるのだと思います。そういえば、人間の日常も誰かのおはなしで溢れてますね…。世間話、新聞記事、ニュース、ドラマ、CMでさえ物語仕立てです。「さあ、自分の物語(人生)はどんなおはなしにしよう?」本質を含む良いおはなしを、語り手の全部を通して聞くおはなし会、そこにはもう愛しかないじゃないですか!?(笑)

そして、こうしたらいいかも、こんな練習してるよ、子どもの反応はこうだったなど、みなさんで気軽に話し合える場があることが、とてもありがたいことだなと思います。毎回、みなさんのおはなしに対する熱意に尊敬の念を抱きつつ、ひたすら集中して五感をフル活用して、書きとめることをしてきましたが、私の初級講座報告は今回で最後でした。報告のおかげで、私自身勉強をさせてもらいました。色んな出典を手にして読む機会もたくさん頂きましたし、おはなしの世界が少し広がりました。ありがとうございました。新メンバーさんお二人も加わり、今後も楽しみな初級クラスですね。

次回は4/12㈫です。

シカゴより~🏕🚂🛩

『シカゴよりこわい町』
『シカゴより好きな町』
『シカゴよりとんでもない町』

抱腹絶倒。
笑いつづけ~
はらはら、どきどき。
ほろっと熱い涙が止まらない~

リチャード・ペック作/斉藤倫子訳/東京創元社

3冊つづけて、やめられない、とまらない。

主人公は、ダウデル夫人といって、ごっつい体格の豪傑おばあちゃん。
イリノイ州の田舎町に、ひとりで暮らしていて、近所づきあいはしないというのが、モットー。
薪箱の裏に散弾銃を隠していて、ここぞというときには、撃つ!!!

時代は、第1次大戦後から第2次大戦後1958年くらいまでで、人びとは戦争や不況といった時代にほんろうされているんだけれど、おばあちゃんは、果敢に立ち向かって生きています。

『シカゴよりこわい町』は、シカゴに住む孫のジョーイとメアリ・アリスが、夏休みに一週間だけ、おばあちゃんの家に滞在します。13歳のジョーイの目から、破天荒な生活が語られます。

『シカゴより好きな町』は、15歳になったメアリ・アリスの目で語られます。シカゴの一家が貧しさでいっしょに暮らせなくなって、アリスがひとりでおばあちゃんと暮らすことになります。
ひどいいじめに遭いながらも、自然の中で生きる力をつけていきます。おばあちゃんの胸のすくような報復が見もの。

『シカゴよりとんでもない町』は、ダウデル夫人のとなりに崩れかけた牧師館があります。そこへ赴任してきた牧師の一家にとって、村の人たち(や子どもたち)とのあつれきは、尋常ではありません。ダウデル夫人の豪快な行動で教会を立て直していくいきさつが、牧師の息子のボブの目で語られます。

ひとつ、エピソードを紹介するとね、
『~好きな町』で、クリスマスも近いあるこごえるような寒い晩に、おばあちゃんは、針金やら棒やら、何かくさい液体の入ったびんやらピストルやらを持って、雪の中に出かけて行きます。メアリ・アリスを連れて。
闇の中で、おばあちゃんは、つぎつぎにアカギツネを仕留めます。メアリ・アリスは、ショックで凍り付きます。
おばあちゃんは、家に着くと、アカギツネの皮をはぎ、やがて現金に換えます。
クリスマスの日、孤独に耐えてきたメアリ・アリスのまえにジョーイが現れます。
アカギツネの毛皮は、ジョーイの列車の切符を買うためだったのです。
これが、おばあちゃんのクリスマスプレゼント。最高のプレゼントでした。

おばあちゃんのダイナミックで繊細な愛は、孫だけでなく理不尽な目にあっている隣人たちにも向けられます。

『~とんでもない町』のなかで、ボブは、このあともあちこちの村や町に引っ越しますが、このダウデル夫人のお隣に住んでいた1年間が、一番学びが大きかった時期だったといっています。

ひさしぶりに、ひとりで笑いころげました~

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今日も《外国の昔話》を更新しました。
ウクライナの昔話で「コースチンの息子」
昨日紹介した「誠実」は、ウクライナから近いロシア側の国境近くの小さな共和国の伝承です。
ロシア、ベラルーシ、ウクライナのスラブ民族が語り伝えた話を紹介したいと思います。
ウクライナの人たちの平和を祈って。

 

 

 

ロシアの民話🐻

ロシアって広いから、たくさんの少数民族が独自の文化を継承していて、昔話もおもしろい。
ロシアの昔話を集めた人といったら、アファナーシエフが代表的で、いままでアファナーシェフ中心に読んできて、再話もそこからやっててね、語りの森もそこからのがほとんど。
でも、最近はまってるのが、ヴィクトル・ガツァークの集めた昔話。

『ロシアの民話Ⅰ・Ⅱ』渡辺節子訳/恒文社

めっちゃおもしろくてねえ。

先日アップした「イリヤ・ムーロメツの三つの旅」、読んでくださいましたか?
ロシアとウクライナとベラルーシは(狭義の)東欧と呼ばれてて、同じ文化圏なのね。
イリヤ・ムーロメツは、東欧の伝説の勇者。
勇気があって強いだけではなくて平和を愛し、人類愛にあふれている。
そんな英雄を心に持っている人たちがお互いに殺し合うなんて、悲しい。

この本には、ロシア国内の辺境の地に暮らす少数民族の伝える話がたくさんある。
それが、おもしろい。
訳者の渡辺節子氏の解説から、ほんの少し抜粋しますね。

民話が人の心を現すものである以上、似通った状況では、似通った話が生まれても不思議ではない。が、民話がまた民族の心をえがく芸術である以上、同じようでありながらどこか違ってくるのも当然である。

そうなのね。異文化に暮らす者でも、似通っているので理解できる。でもどこか違う部分がとても興味深い。

人間の成長に必要なものの多くが口伝えの物語を通して語られていく。
文字を持たず広大な地に少人数で散らばっている人々にとって、口伝えの物語は早くから文字を持った民族にくらべ、はるかに大きな意味を持っていたのである。

そう、お話を聞くというのは、単なる娯楽ではなかったということです。
厳しい状況で語りつがれ今に記録されている昔話は、読んでいてほんとうに背筋が伸びる感じ。
おいおいに、《外国の昔話》にアップしていきますね。

それから、こんなことも書いてあったよ。

話を正しく伝えることが義務でもあったエスキモーでは、祭りやその他種族全体の大事な時に語られ、聞き手もみな話を知っていて、話者が間違えないかとじっと聞き入ったという。

話は大事。言葉も大事なんやね。
間違えたら責められるんだろうね。
そんな場で語るのはこわいけど(笑)

だれや、勉強会で、ヤンが書き書きしてるくらいで緊張するっていう人!(笑)

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昨日のおはなしひろばは、鹿児島の昔話「こゆびたろうと宝のくつ」。
バタ臭いというか、「かしこいモリー」とそっくりのおはなし。
聞いてね~