月別アーカイブ: 2017年6月

幸せは 

じつは、ここんとこ、かなり落ち込んでてね。
朝の鬱がひどい。
子どもに語るときだけが幸せって状態。

この無力感、なんとかしたいなあって思ってたら、朝刊の瀬戸内寂聴さんのエッセイにこんなことが書いてあった。
病床でうつ状態に陥りそうになったから、楽しいことをしなくてはと、いろいろ考えて俳句集を作ることにしたって。
そしてね、「幸せは、自分でさがして、発見して、自分で生み出すものだ」って。

そうなんだ。きょうは小学校1年生に語ってきた。
一昨日は、中学2年生に語ってきた。
一昨昨日は、支援学級で絵本を読んだ。
明後日は図書館で語る。
ぜえんぶ、自分でさがして、発見して、生み出した幸せだ。
いろんな人に支えてもらって。

95歳の寂聴さんの言葉に励まされた。

わたしの幸せ、自分で生み出そう。
昔話集の第2巻も、お話会も、がんばろう。
ずうっと、子どもを見つめていよう。
いっしょに歩く仲間がいれば、最高だ。
わたし、わがままになる。
もう、やりたいことしか、やらへんで 👹

中学校のおはなし会 

先週から始まった、毎週1回、朝学習でのお話会。
なんでや~って思うほど、緊張したよ。

ヤンはね、野外ステージとか、お話に全く関心のない大人(*_*; が100人ほど集まった会とか、研究者の先生方の集まりとか、全国の小学校の先生の研修会とか、けっこういろんなところで語ってるのね。あ、NHKの完全防音の放送室でアナウンサーと一対一とか(笑)
もっとひどいのは、生放送のテレビカメラに向かってとか(笑)

けどね、ヤンはおとなに語るときって本番って気がしないのね。
やっぱり、本番は、子どもに語るとき。
子どもは耳が鋭いもの。良し悪しをちゃんと聞き分けるもの。こわいよ。
だ・か・ら、中学校、どんだけ緊張したか!!!

ありがたいことに、ここの生徒たちは、9割が幼稚園からお話を聞きつづけてるの。
だから、聴く体勢はばっちり。
むしろ先生がたのほうが、ストーリーテリングは初めての経験ね。
でも、事前に、学校側の目的とこちらの事情をよく話し合って、話し合った内容を学校全体で共有されていて、そればかりか、きちんとプリントにして全生徒に配布!

とりあえずは語り手7人体制+助っ人(ありがたい!)で、出発。
全員、ババ・ヤガーで一緒に勉強している人たちね。

ヤンは、先週1年生に「きつね女房」「うそつきくらべ」、今週2年生に「小石投げの名人タオ・カム」。
15分以内という制約があるのと、朝だから、重い話はやめておこうと思ってね。
それと、ヤンの話は小学校でも聞いてるからね。違う話を聞いてほしいと思ってけっこう選ぶのが大変(笑)

教室いっぱいに並んだ机の前の生徒たち。
誰一人目をそらさず、まっすぐにおはなしのなかに入ってきてくれましたよ。
大きなリアクションはないものの、表情がくるくると変わるので、よくわかる。

来週3年生では「いばらひめ」を語るつもり。
楽しみや~って思える余裕が。やっと出てきた(笑)

語り手のみなさん、腕を磨く良いチャンスです。
子どもたちのあの瞳に負けないよう、よい話を選んで、誠実に語ろうね~
よろしくお願いします❣

子どものように聴く

5月29日の投稿「おはなしの勉強会」にコメントとして書いたこと。
かぶさんのみつばちの女王、あんなふうに聴けるのは子どもだけって。
埋没してしまいそうなので(笑)、改めて書きます。

みなさん、昔話を読んで、おもしろいですか?
昔話といっても再話者によって、かなり粉飾してあるのもあるし、いちがいには答えられないかもしれないですが。

本来昔話は、ストーリーだけで進んでいきます。
登場人物の心理描写だって、「よろこんだ」とか「なきました」とか「はらをたてました」としか言わないし。
どんなふうによろこんだかとか、その深層にある心理は、表現しない。

わたしは、文学少女だったので、高学年くらいになると「昔話ってみんなおなじでつまらない」って思っていました。
それまでは、岩波の愛蔵版そろってたから、幼いころはずいぶん楽しんだんですけどね。
思春期に入って創作物に移っていって、学生の頃は文学史の教科書に載っている本ぜんぶ読んでやろうと思って、つぎつぎ読破しました。田山花袋の『蒲団』とか普通よまへんやろっていうようなのも。もう忘れてるのもたくさんあるけど(笑)

そして、おとなになっておはなしを始めて、おはなしのろうそくとか、手あたり次第語るようになって、子どもは創作より昔話を好むことを発見。
いっぽう、大人向けのおはなし会で、ファージョンなんかの創作とか、木下順二や松谷みよ子の再話昔話を聴くと、ほうこんな話があるのかって、おもしろいって思えるのね。それでも、聴くより、その出典を見つけて自分で読むほうが、わたしはずっとおもしろかった。今になって思えば、書き込まれている文章のほうが受け身で楽しめたというだけのことです。

あのストーリーのみの昔話をほんとうに聴くには、子どものダイナミックな想像力が必要です。
それと、事柄だけから心を動かすことのできる感受性が。
レゴの人形をおもちゃのお城のベッドに寝かせ、端切れをかけて、「パパ、ねんね」って、心をこめてなでる。
つぎの瞬間、そのパパで、おもちゃのピアノをガンガンたたく。あ、いや、鳴らす。
そんな想像力と感受性。わたしは持っていない。きっとあなたにも、ない。

みつばちの女王をあんなふうに聴けるのは、子どものすばらしい想像力と感性があるから。
そのことを、語り手は肝に銘じなければならない。
そのことをちゃんとわかっている再話者のテキストを選んで、子どもから教わりながら、語らなければならない。
上から目線でなく、同じ目線でもなく、下から目線っていうのかな?
(「ねばならない」ってことばは普段使わないようにしてるんだけど、あえていいます)

おとなが、もっと子どもから学んだら、世の中、もっとよくなるはずやと思う。

高校生と絵本📖 その2

5コマの授業も無事終了。
生徒たちの感想文が送られてきました。
ほとんどの人がA4用紙1枚にぎっちり。まじめです。

これからの保育実習に向けての思いがつづられていました。
本の選びかた、声の出し方、読みかた。やってみるとどれも難しかった、だから、頑張ろうって。

今回はひとりひとりにきちんと講評する時間がありました。
相手は高校生だし気も使いましたが、注意してもらえてよかった、という感想が多かった。ほっとしました。
そしてね、講評した細かいことまで、各自が詳細に書いてくれてるの。ばちっと受け止めてもらえると嬉しい。
きっと、当日はいい読み聞かせができると思う。

でね、うれしい感想、一部紹介。
「自分だけがその本に入りこんで、自分の世界に入っていくとかではなく、子どもたちの世界観を優先的に分かってあげることが、だいじなんだと分からされた。とてもいい勉強になった」
私、こんなふうには話してないんですよ。
ただ、本は絵の一部でも隠してはいけないとか、子どもの目線に合わせて前かがみに持つとか、子どもは絵を読むからページをめくってすぐには読まないとか、子どもはつぎを知りたがってるからそのページを読み終わったらさっとめくるとか、具体的なことを話した。それを聞いてこんなに大切なことをつかみ取ってくれたのです。
「自分だけがその世界に入りこむのではなく、子どもたちの世界観を優先的にわかってあげる」
ストーリーテリングも同じやね。
うん、私も勉強になった。

幼い頃に読んでもらった記憶がない人が多かったけど、最終的に、絵本の楽しさ、たいせつさ、多様さを感じてくれたようです。
きっと、子どもたちに読むことで、もっともっと実感できると思う。
がんばれ~。高校生!

あ、ヤンの読み聞かせを聞いた感想にこんなのがあった。
「ねむたくなるほどの安心感を感じた」
寝るな~~~笑