日別アーカイブ: 2020年4月8日

プーさん頌📚

『瀬田貞二 子どもの本論文集 児童文学論上』報告つづき~

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第3章書評など
プーさん頌(しょう) 1958年発表

A・A・ミルン(1882-1956)作家

瀬田先生がこの文章を書いた時点での、プーさん(石井桃子訳)の日本における出版
1940年『熊のプーさん』岩波書店
1942年『プー横町にたった家』岩波書店
1950年『熊のプーさん』英宝社
1950年『プー横町』英宝社
1957年『クマのプーさん』岩波少年文庫
1958年『プー横町にたった家』岩波少年文庫
つまり、『プー横町にたった家』が岩波少年文庫で出たときに書かれたのがこの文章なんですね。
ちなみに、添付写真は、岩波書店から1962年にでたハードカバー。

ヤンにとって、プーさんは、『たのしい川べ』と同じく、人生を通じて影響を与えてくれた作品です。読むたびに、みずみずしい子ども時代の感性を呼び戻してくれました。
小学生の頃、「将来どんなつらいことがあっても本さえあったら生きていける」と思わせてくれた2冊です。そして、それは、本当でした。
ハードカバーなのに、ヨレヨレ(笑)

さてさて、瀬田先生の論考ね。

プーさんの魅力は、学校へ行く前の子どもの生きている世界の楽しさにあるといいます。
大人がひとりも出てこない、大人の息吹すらかからない楽しさ。

英語のファンタジー(空想)という語のギリシア語の語源は「眼に見えるようにすること」だそうです。
ハーバード・リードによれば「空想とは、時間空間の秩序から自由である恣意性とともに、眼に見えるような鮮やかさと合理をそなえた客観性を持つ」そうです。
「恣意性」っていうのは、辞書によると、「音声面とそれが指示する意味面との結びつきは必然的なものではなくて、社会慣習的な約束事としてのものであるということ。ソシュールの理論の基本的概念の一つ」だって。
瀬田先生は、恣意性と合理性は相反するようだが深いところで結びついていると言います。そして、「大人の世界と別に生きている子どもの世界」の存在が、それだと言います。
大人は、子どもの空想壁なんていうけれど、そうじゃなくて、あれは子どもの特別な世界なんだと。
だから、瀬田先生は、
プーの本は、中途半端な大人にはわからない
というのです。

プーさんはイギリスのファンタジーの伝統から生まれたものだけれど、伝統といっても、いろんな形がある。で、デ・ラ・メアと比較しています。

『ムルガーのはるかな旅』
子ども心は神秘的で広大無辺で、昇華された音楽でもあり詩でもあって、ふしぎがそのまま個々の現象に照りかえってくる
『クマのプーさん』
一人息子のクリストファー・ロビンと遊びながら、作者は自分の子どもの頃を生きた。自分が子どもにたちもどった瞬間を見、聞き、全才能を傾けて紙の上に移しとめた。だから、空想の世界でありながら大変リアリティがある。

引用。
A・A・ミルンはケネス・グレアムの『たのしい川べ』について、「これは、家庭備え付けの本だ。・・・ただし、家のだれもが好むといっても、実のところこの本の真価を心から味わうのは、諸君がじぶんひとりだけだと思いこみ、ほかの者にはわかるまいと感じる、そういう本である」と述べているが、この言葉はそっくりそのままプーの本にもあてはまる。ぼくはぼく一人がわかると思い、あなたはあなた一人の本だと思う

ははは、見透かされたか~~~